パンドラの鍵
貴之は思わず口走っていた。
「本当はこの町から出て行きたいんじゃないですか?」
と。戸惑う早苗……。
「もっと外に出たほうがいいですよ。余計なお世話かもしれないで
すけど……。もう八年も前のことです。過去のことです。もしおば
さんが、お二人がなくなったのが自分のせいだと考えているなら、
もう自分を責めるのは……」
早苗は、貴之の言葉を遮るように泣き始めた。
長い月日を一人で耐えてきたのだろう、小柄な早苗の肩が小刻みに
震えている。
貴之は衝動的に自分より二回り以上違う早苗の身体を、そっと抱き
しめていた。
沙織とはまた違う、どちらかと言えば母に似た感触。
抱きしめながら、貴之自身戸惑っていた。
もしかしたら、彼女に自分の母親の姿をだぶらせていたのかもしれ
なかった。
本当はしたかった親孝行――。
「直樹、直樹……、帰って来てくれたの。直樹……」
突然飛び出した、貴之の知らない名前。彼女の息子の名前なのだろ
うか……。
「お母さん、ずっと待っていたのよ。あなたが帰ってきてくれるの
を」
早苗はしゃべり続ける。
貴之を自分の子供だと勘違いしたまま……。
抱擁が彼女を混乱させてしまったのだろうか。
貴之はどうすることも出来ず、早苗の言葉を複雑な思いで聞くしか
なかった。