パンドラの鍵
貴之の言葉に、早苗もしばらく何事か考えている様子だった。
部屋の中を行ったり来たりしながら―――。
「旦那様は、普段はあまり感情を表に出さない人だった。でも、あ
の日は我をなくすほど泣き喚かれていた……。どうしてなんだ、ど
うしてなんだと繰り返し呟きながら」
その時の情景を思い出したのだろう、早苗の瞳に涙が浮かんでいた。
「彼だけだったのよ。みんなが私を疑っている中で、私を信じてく
れたのは……」
「でも……」
「そうね、彼は奥様達を殺したのが誰か分っていた。でも、分って
いながら隠し通さなければならない人だった。いえ、人ではなかっ
たのかも知れないけど」
今朝、教授の教官室で遭遇したおぞましい化け物。
次元の歪みが生み出した産物。
何かが起こった。
本の狭間に挟まっていた大量の髪の毛。
あれは日差しを浴びて変貌した。
ほんの些細なきっかけ。そのきっかけが生み出した悲劇―――。
八年前、あの屋敷の中で同様なことが起こったというのか?
「それから一ヶ月後よ、旦那様があの家を引き払って出て行かれた
のは……。行き先は教えてもらっていないわ。本当にひっそりと出
て行かれて」
「どこに住んでいるんでしょうね」
「本当にね。大学の教授を今でもしておられるのなら、そんなぼろ
いアパートって言うこともないと思うけど」
「そうですよね」
そう頷いてから、貴之は思い切って訊いた。