パンドラの鍵
「おばさんは、本当にその家の中で一度も彼ら以外の人物に会わな
かったんですね」
「えぇ、会わなかったわ。あそこに誰かがいることにさえ気が付か
なかったんですもの」
「物音も声も何も聞こえなかった?」
「物音?」
貴之は頷く。
「聞こえなかったわ、一つもね。防音設備が完璧だったのよ。足音
一つ聞こえなかった」
「そこまでして隠さなければいけない人物だったということですよ
ね」
「そうね、そういうことになるわね」
そこまで言って早苗は何か思い出したのか、「そういえば……」と
続けた。
「私、旦那様に訊いたのよ。あの部屋に誰がいたのかって……。そ
うしたら、すごい剣幕で否定してきたわ。誰もいないって!そして
彼は言ったの……」
「何を?」
「黙っていろと。あの部屋のことは、誰にも刑事にさえ言うなと。
その変わり容疑が晴れるように、家内や息子との仲について俺から
話してやると」
「脅しですね」
「そうね。おかげで私は、半信半疑ながらも留置所から開放された」
「そこまでして、世間にばれてはいけなかった事だったと言うんで
すか?」
「旦那様にとってはね。おかげで未だに犯人は捕まっていないわ」
「まるで彼、容疑者を庇っているかのようですね。―――奥様や子
供が殺されて、本当に悲しんでいたんですか?」