「私」と三人の女
山茶花が笑った
山茶花はパンが好きだ。
私はもっぱら白米しか口にしないたちのため、彼女の気持ちは分からない。
山茶花はフランスパン、それも焼きたてのフランスパンをよく好む。
彼女はフランスパンが美味いパン屋はその他のパンも美味いと思い込んでいる。
偏った固定概念だ。
今もそう、一般的に言えば「女らしい」見た目の山茶花は美味い美味いと野性的にパンを噛み千切っていた。
私はつまらなそうに珈琲を口に含み本の頁をめくった。
私の価値観は本以外に作動しない。
はっきり言えば他人にさほど興味が無いのだ。
山茶花はパンをかじりながら私に向かって冷めた声を投げかけた。
同時に小花柄のスカートと麻のブラウスが擦れあい、カサカサッと乾いた音をたてた。
「あなた、喫茶店開く前何してたの。」
山茶花は興味無さげに聞く。
私は次の頁をめくる。
「人殺し。」
山茶花は一瞬アメリカンドラマの様なわざとらしく驚いた顔をし、すぐに冷めた目付きに戻ってあっそ、と言った。
私は以前から迷惑に思っていたことを言ってみることにした。
「山茶花、ここは持ち込み禁止だ。」
「しらなかったわ。何で?」
「他の客にパンが売っているのかと思われる。」
山茶花はげーっと嫌な顔をした。
まぁ、初めからそんなに気にしていない。
彼女との会話に飽きた私は、この本の主人公がはたして復讐を無事果たすのかについて考えた。
私の見解によるとこのままではまず無理だな、という結論だ。
なんといっても敵に隙が無さすぎる。
私がもう一度珈琲のカップを掴もうとすると、そこには珈琲カップではなく山茶花の小さな手があった。
もう片方の手には私の珈琲が握られている。
彼女はいつのまにか既にフランスパンを食べ終わっていた。
「ねぇ、私のこと好き?」
「普通。」
私はどうでもよさげに答えた。
事実どうでもよい。
山茶花は見るからに不快感をあらわにした表情になった。
「冷たいのね、あなたって。」
「知っている。」
「本当に酷い人。」
山茶花は溜め息をついて珈琲をカチャンと元の場所に戻した。
私は本を読みながら珈琲カップを掴み中身を鉢植えに捨てた。
主人公がナイフで敵の背中を狙っている。
いいぞ、そのままいけ。
「…なんでわかったの?見えてた?」
山茶花が泣きそうな声で呟いた。
私は適当に返事をした。
「いや、敵に隙が無さすぎた。」
私の台詞を聞いた山茶花は、狂った様に諦めた様に笑い声をあげた。
そしてがたんと丸椅子から下りた。
黒いパンプスがふらふらと扉を出ていく。
外に出る直前に山茶花がくるっと振り返った。
私は仕方なく顔をあげた。
「また、パンを食べに来るわね。」
私は軽く右手をあげ別れの挨拶をした。
それにしても、と私は考える。
桑田の妹があんな美人とは聞いていない。
気の毒に。