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「私」と三人の女

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無花果が呆れた


無花果がこんちくしょうと怒鳴った。
私は眠たそうにその様子を見ている。
事実眠いのだ。
全くもって無駄な時間を過ごしてしまった。
早く家に帰って本の続きが読みたい。

無花果はそんな私の態度に不満なのか、まるで私が彼女の仇を殺した犯人かの様にぎろりと睨んだ。私はたじろぎもしない。

「なにそんな余裕ぶっこいてんのよ!桑田が死んだのよ?!わかってんの!」

私は面倒になりポケットから煙草をまさぐった。
煙草に依存しているつもりはないが、嫌いではない。
いつだったか無花果にそう言ったら、「それを依存って言うのよ。」と馬鹿にされた。
私は煙草に火をつけ、深く煙を吸い込んだ。

「もともと殺すつもりだったんだろ。手間がはぶけたじゃないか。」

「そういうもんじゃないでしょ!」

無花果がヒステリックに叫ぶ。
紅いシルクのワンピースがぐらりと揺れた。
そのまま無花果はしゃがみこむ。
私はとんとんと灰を巻き散らした。

「…ちょっと、やめてよ。」

無花果が眉をしかめた。
そんな潔癖な女だっただろうか。…まぁどうでもよい。
ところが無花果は違う意味で私に対し腹を立てている様だった。

「そんな風に無造作に灰巻き散らしたら私たちが殺ったって思われるじゃない。DNAとか煙草の銘柄とかで。」

不安そうに肩を震わせる。
私はぼんやりと家の机に置かれたままの本の続きを考えている。
果たして主人公は死んだのだろうかと。
現実の人間の死には興味がないが、本の話なら別物だ。

「ちょうどいい。どっちみち君が殺すつもりだったんだから同じようなものだ。」

無花果が呆れた様に溜め息をついた。
長い黒髪が不安げに揺られる。

「全然違うわよ。だって私はまだ殺してないのよ?…あぁこんなことならもっと早く殺せばよかった。」

無花果は声を震わせる。
私は彼女が泣くだろうかと考えたが、彼女は泣かなかった。
ただ馬鹿みたいと呟きながら静かに笑った。

「…死にたい…。」

私はあぁそうだなと適当に返す。
少なくとも私はまだ死ぬつもりはない。
本を読み終えていないのだ。
無花果はいつものように人を馬鹿にした口調で私を見上げた。
私は煙草の灰なんかで銘柄までわかるんだろうかと今更ながら考える。

「…本当に、あなたって他人に興味が無いわよね。…タカシが殺された時も、私がこいつを殺すって決意した時も、顔色ひとつ変えなかった。」

私はこいつと呼ばれた真っ赤な液体の中で倒れている男を見下ろした。
不思議なことに血液はあまり多すぎると血液には見えない。暗がりのせいもあるだろうが。
桑田の太いぜい肉だらけの背中には薄いナイフが刺さっていた。
よくもこんなナイフでこんな肉だらけの人間を殺せたな、とナイフに尊敬の念を抱く。

「あぁ。私は他人にさほど興味が無い。正直な話どうでもいい。」

無花果はその答えに苦笑いした。
自分で聞いてきたくせに。

「…そうね、…そうね。どうでもいわね…。結果的にやつは死んだ。私たち以外の誰が殺そうと私たちが殺そうと結果は同じ。」

私は月を見上げた。
主人公は月を見るのが好きだった。

「…警察に行くわ。どうせ一番に私が疑われる。…あぁ、あなたはいいわよ。別に。私に無理矢理付き合ってくれてただけだし、帰って本でもよんでなさい。」

私は煙草を踏み潰し、あぁ、と返事をした。

「じゃあ、さよなら。」

無花果はゆらゆらと去っていった。
私は家に帰ろうと車のキーを探す。

そうとも、どうせすぐに警察は彼女を釈放するのだから。
なぜならナイフにもやつの体にも私の指紋がべったりとついているからだ。

どうせ捕まるならばその間に本を読み終えてしまいたい。
果たして主人公は死んだのか。
幸福だったのか、と。


私は車の中から月を見た。
無花果の見解は半分当たっているし半分間違っている。
私は確かに他人にさほど興味が無いが、全く無いわけでは無い。
少なくとも、無花果に関しては。

作品名:「私」と三人の女 作家名:川口暁