小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

携帯彼氏4

INDEX|2ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 

「わ、私がいなかったら着信があった時や、メール受信時にはどうされるんですか?お困りになるじゃないですか!」
「なんだよ、俺にどうしろってんだよ!」
「私は携帯電話です、携帯して下さい!あなたのお側にいなければ私なんてなんの価値もありません!」
ヒロはもう半泣きどころか涙を溜めた目で俺を見、必死に上着の裾を握りしめた。その、迷子みたいな顔で俺を見るな!俺が悪者みたいじゃないか!
「わかったわかったもう、離せよ!着信とかメールが来たら俺んとこに来ていいから!」
「ほ……本当に?」
「嘘ついてどーすんだよ。お前は俺の携帯なんだろ、携帯らしく働けよな」
「は、はいっ。すぐに駆けつけます!」
「じゃ、それまでは店の雑用を手伝えよ」
なんだろう、こいつのミョーな熱心さは。携帯ってこんなに自分の仕事に暑苦しいものだっけ?ていうか、携帯の仕事ぶりなんて普通わかんないよな……携帯だし。
あ、なんか混乱してきた。これから大事な仕事の時間だってのに。
「蘭様、いかがされました?」
考え込んでしまった俺の顔を、背を丸めて覗き込む顔があった。八の字を書いた眉、涙を溜めた大きな目、震える淡い色のふっくらした唇。
誰かにこんな風に真剣に心配されたのは久しぶりだった。
ホストなんて仕事は、嘘を綺麗に飾って差し出す仕事だ。嘘の中に本当があり、本当には嘘が隠されてる。客もホストもそんな中を水槽の中の魚みたいに目的もなく泳いでいるだけ。心配だと泣いてくれる女達だって、どこまで本気かわかりゃしない。
携帯男は、機械のくせに本気なんだ。それは俺の心の奥底を、ちょっとだけ温かい感情でくすぐった。
「なんでもない。店長の言う事を良く聞いて働けよ」
「はいっ、わかりました!」
現金だな、こいつ、もう笑ってやがる。携帯がこんなに表情豊かでいいんだろうか。機械ってのはもっとクールだと思ってた。
「別れは惜しんだ?じゃ、えーと、ヒロっていったっけ?」
「はいっ、私の名前ですっ」
「じゃあバックで洗いモノからしてもらおうかな。バーテンのたまちゃんについて働いてね」
店長の後をカルガモの雛みたいにヒロがついていき、事務所を出る時に振り返り俺に手を振って見せた。その力いっぱいの振り方に、俺もつられて手を振り返してしまった。
………………きっと、幼稚園児を送り出す親って、こういう気分なんだろうな………。
ああやれやれ。店に着いたばかりだってのに、どっと疲れた。
さて、ややこしい携帯男は裏に押し込んだぞ。これからは俺の時間だ。
そう、誰よりもいい男、女を惹きつけてしまう磁力の持ち主、CLUB COSMOのナンバーツー、蘭の出番だ。
事務所の壁に吊られた古ぼけた鏡の前で、髪を撫でつけ、スーツを伸ばし、俺は颯爽とした足取りでフロアへと歩き出した。


フロアは薄暗く、テーブルには上品な花とキャンドルが飾られている。女性が夢を見る場所なのだから、何もかもが上品でいなくてはいけない、というオーナーのこだわりだ。だから俺たちホストは、礼儀正しい接客をしなくちゃならない。客に向かっていきなりタメ口をきいてくるような奴はここのホストにはなれないのだ。
俺がフロアに現れれば、店の空気は変わる。隣に座るホストとの語らいに夢中になっていた女達はふと話を止め、フロアの風が変化した事に気がつく。そう、彼女達の視線は一瞬さ迷う。女を惹きつけてやまない危険な香りはどこから吹いてくるのか、正体を探す。
女達の視線が俺に集まる、この瞬間が好きだ。
甘い蜜に騙される色とりどりの蝶たち。俺の視線を待ち焦がれている女も居れば、はっと気づき目を逸らす女もいる。だがどの女も、たった一瞬の陶酔した表情を隠せはしない。
俺は確かにこの瞬間、クラブフロアを支配する。
期待に満ちた顔には温かい微笑みを、顔馴染みには優しい会釈を、顔に期待はずれを隠さない女には妖艶な流し目を。これが蘭の登場だ。
「お疲れさまっす!」
威勢のいい声と共に、大は勢いよく立ち上がり頭を下げた。こいつ、背は高いし顔もいいんだけどノリが体育会系なんだよな。ホストにしちゃ色気がない後輩だ。
「蘭ちゃん!」
大と笑い転げて話していたアコの顔が、ぱっと華やぐ。心なしか頬が染まり、俺から視線を離さない。周囲の客もまたアコと似たり寄ったりの顔をして俺を見上げていた。
「お待たせ、アコ。ごめんな、遅くなって」
優しい微笑みと共に、アコの横に座り彼女の腕に触れる。至近距離で瞳を覗けば、女はみんな俺の虜だ。
「ううん、あたしは大丈夫よ!それよりヒロちゃんどうだった?大丈夫?」
………………え?
俺じゃなくて、いきなりあいつの話?
「ヒロちゃん今日が初日なんでしょ?大丈夫かなあ、あたし気になって気になって!」
アコの目線は俺を通り越して、遥かかなたのバーカウンターに向けられていた。
「蘭さん、ヒロって誰の事ですか?新人っすか?」
ヘルプについていた大は、席を外す事も忘れて俺に迫ってきた。目にはライバル心がメラメラ燃えている。あーもう暑苦しい奴だな。
「大ちゃん知らないんだ?ヒロちゃんはねー、蘭ちゃんが連れてきた新人よ。でも最初は裏方しかしないんですって、残念だわ」
「えっ!俺、新人が入るなんて聞いてないっすよ!」
「当たり前だ、なんで俺がお前に一々報告しなきゃならないんだよ」
俺はずいずいと迫ってくる大の頭を一発はたいてやった。
「ヒロちゃんって子供みたいなのよね、母性本能くすぐられちゃう。ね、大ちゃん、ヒロちゃんがちゃんとお仕事できてるか、見てきてくれない?」
「えっ?!」
アコの指令に驚いたのは大だけじゃない、俺もだ。なんだなんだ、なんであいつはこうもアコに気に入られたんだ?
「………アコさんのお願いじゃ、断れないっすよ」
大の顔には、なんで自分がそんな事しなくちゃならないんだと馬鹿正直に書いてある。ばっか、だからお前はホストになりきれないんだよ。女の頼みはバンジージャンプでも爽やかに笑ってみせろ。
だが俺もバカな後輩を笑えない。大が渋々ヒロの様子を見にバーカウンターへと向かう後ろ姿を見送りながら、俺もまたぽかんと開けていた口を閉じてホストの顔を取り戻すのに必死だったからだ。
「ア、アコ。ずい分ヒロの事、気に入ったみたいだね」
「えへへー。妬けちゃう?」
「…………正直、ちょっと妬けちゃうな」
俺のセリフに、アコはまんざらでもない顔をした。気の強い彼女にとって、自分が女王様であることは何より嬉しいらしい。
「ねえ、もしかして、俺を妬かせる為にわざとヒロの事話してない?」
ひどいな、とアコの腕をとり、そっと自分の腕に絡ませてやる。あくまでもスマートに、さり気なく。
女はみんなスキンシップに弱い。むき出しになっている二の腕に人差し指を滑らせてやれば、どんな女の目も潤む。
どうだ、とアコの顔を覗いたら、アコは心ここにあらずといった顔をして、遠くを見ている。
な、なんでなんだ、いつもならここでそっと俺の肩に寄り添って甘えてくる筈なのに!
「ねえ、心配よね、蘭ちゃんも。ヒロちゃんって蘭ちゃんの親戚なんでしょ?」
またあいつかよ!
「ああ、うん、そうなんだ。それより、アコ。グラスが空だよ、何か頼む?」
作品名:携帯彼氏4 作家名:銀野