人魚の飼い方
しかしこの時も、半死人に成りかかっていた私には、玲の考え、意図というものが、どうしても汲み取ることはできなかった。玲に言えば「いつものことですよ、警部さん」と名探偵とその間抜けな相棒の系列を引いたセオリー通りに、軽く言われてしまうに違いない。
今、私の目の前には奇妙な二人組が坐っている。二人組の内の年下の方の目鼻だちの整った人形めいた顔が、にこにこと楽しげに笑っていた。一応、仕立ての良い、鴉のように真っ黒な男物の和服を着ているが、その躯は少女のように華奢で、性別はよくわからない。少年と少女とが微妙なアンバランスで入り交じったような不思議な印象を受ける人物だった。
残りの一人は得体の知れない人の良さそうな笑みを始終浮かべている顔の良い若い男で、同じく仕立ての良い麻の白いスーツを着ていた。下手すれば、悪趣味になりかねないのにずいぷんと小粋に着こなし、神経が行き届いていた。彼のコトを聖玲と名乗った子供は、執事と紹介した。ずいぶん派手な執事もいるものだと私は思った。少なくとも、私の知識の中にあるような執事ではない。彼が小説で出てくるような執事とあまりにも違うので、私は初め彼らのことを、お稚児さんとその愛人とすっかり思い込んでいたのである。
良く人は見かけによらないと言うが、本当に聞いてみなければ、わからないものである。私が正直にそのことを言うと、玲は良くある事なんですよ、と何でもないような事のように言って気にした風でもなかった。よほど始終、私が言ったようなことを他人から言われているのだろう。
この奇妙な二人組とは、前の日、偶然に込んでいる喫茶店での相席になったことで知り合いになったのである。どうやら、この見知らぬ友人はどこかのいいトコロのお坊ちゃんであるらしい。滅多に見かけられないほど仕立ての良い服装もさるものながら、いかにも育ちの良さそうな優雅な口調と物腰が、そのことを明白に物語っていた。だからと言って、それは厭味ではなく非常に心地よく感じられたのである。
私は彼らを一目見ただけで、彼らなら私のことを理解してくれるに違いないと見抜いた。事実、彼らは世間が私に向けるような冷たい視線を向けないで、私の話を真面目に聞いてくれる。そのことが、私をとても嬉しがらせる。
作品名:人魚の飼い方 作家名:ツカノアラシ@万恒河沙