人魚の飼い方
全ての責任は玲の横で人のよさそうな笑顔を浮かべている執事にある。複雑な理由があるのかないのかは良く知らないが、何故か玲は幼い頃から執事の手によって養育されていたからである。それも完全に外部から遮断された人里離れた場所で。私が山奥にあった屋敷に迷いこむまで、玲は殆ど外界の人間と会った事がなかったらしい。これでは性格が多少の歪みを特っていても仕方がないような気はする。執事に言わせれば、初対面から今と同じ性格だったらしいが、本当のところは良く解らない。詳細を知っていそうな探偵事務所の所員に尋ねても厭そうに話を逸らされておしまいである。
「……厭そうな顔をしていますね」
「君には関係ない」
こう、答えた私のカオには多分、玲の言う通り、物凄く厭そうな表情を浮べていたことだろう。しかし、玲はそんな私を意に介した様子は微塵もなかった。そもそも私の気持ちを忖度する気がさらさら無いのであろう。これを独善的態度という。
「関係ないはないでしょう。ボクの目はフシ穴じゃありませんよ」
「貴方が何かに悩んでいることはすでに承知です」
「これだけ言って話さないのなら、ボクにも覚悟はあります。ボクはアナタをいぢめてあげますよ」
「ムチ打ち水攻め、蝋燭垂らしに木馬責め。何が宜しいですか?」
「なんでもする覚悟はしていますからアナタのご要望に応えようじゃありませんか?」
主従はにこにこと笑いながら器用に分割話法で話してみせた。因みに前者が玲で後者が巽である。どうして、二人がこんなに澱みなく台詞を分割して喋れるのかは永遠の謎である。それにしても、本末転倒な話であった。しかし、ここで話さなければ頭のネジが外れかけている玲は本当に私を苛めることだろう。経験上、身に沁みている私はそれだけはどうしても避けたい。これが容姿端麗な女性だとしたら……いやいや、私の名誉に懸けて、私はそのような事を好む人間ではない。誰ですか、私の名誉なんて塵みたいなものだなどと言っている人は。仕方がないので、私は玲に人魚の箱を持っていた男のことを話した。
「あーはっはっは。本当にアナタはおばかさんですね。アナタは箱の中で飼える人魚なんて存在してると思っているのですか」
作品名:人魚の飼い方 作家名:ツカノアラシ@万恒河沙