人魚の飼い方
私もその日は人魚の入った箱について、あまり深く考えようともしないで、そのまま素直に別れたのである。しかし、時間がたつにつれて、私はむしょうに箱の中身が気になりだしたのであった。
人魚の入った箱。
人魚の入った箱。
人魚の入った箱。
いったい、どんな人魚なのだろう。どんなところへ行けば、箱に入るような人魚に出会えるのだろうか。そして、彼はどのような手段で人魚を捕まえたのだろうか。それとも人魚は、自分から箱の中にいるのだろうか。いろいろな疑問、想像が私の頭のなかに人魚姫の泡のように次々生まれ、そしてその考えに囚われてゆく。深みにはまっていく。
私の病によって蝕まれた哀れな精神は、人魚が入った箱を持っている男が、いつのまにかに無性に羨ましくなっていたのである。
あのとても幸せそうなカオが羨ましかった。
人魚の入った箱。
彼だけの人魚。彼だけを愛しているだろう人魚。彼らの世界の中には彼と人魚の他にはいない。
いったい、どんな気分を味わっているのだろうか。彼は紫の上を得た、光源氏のような気分を味わっているのだろうか。それとも、自分だけが男装の麗人をそうと見破った時の気分だろうか。
知りたい。知りたくてたまらない。
ぐるぐるぐる。寝ても覚めても彼の言葉が私の頭に周り続けている。どうしませう。人魚の入った箱。二、三日悩み続けた後。いても立ってもいられなくなった私は、今日こそは是非とも男に箱の中身をみせて貰おうと意気込んで、再び悪趣味な散歩にでかけたのである。しかし、海岸には人魚が入った箱を引いた男どころか、誰ひとりとしていなかった。男はそれまで私が知っているかぎりでは、毎日散歩をしていたのに、興味持ったとたんこのていたらく。つくづく自分の運のなさに哀しくなる。
そう、この運のなさが私の問題なのである。失意の私が借りている別荘に戻ってくると、とどめの一撃、いやさらなる災いが奇妙な二人組の姿をしてまちうけていた。災いは、お土産の私の好物のひとつでもある小豆アイス最中を持って借りている別荘の前ににこにこと笑いながら立っていた。
作品名:人魚の飼い方 作家名:ツカノアラシ@万恒河沙