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ツカノアラシ@万恒河沙
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novelistID. 1469
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人魚の飼い方

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軋んだ扉の影からあの男がカオを覗かした。ああ、人魚の入った箱の所有者はこんな所に棲んでいたのか。よく考えてみれば、この屋敷ぐらい彼に合った住まいもないに違いない。因みには、意外にも屋敷の中は、外見ほど荒れ果ててはいなかった。割と男は綺麗好きらしい。しかし、どのような手段で玲は彼とお知り合いになれたのだろうか。私が見るかぎり彼は他人を拒絶していたように思えたのだが。いつもの事ながら、このような時に強い奴だ。妙な人間ばかり、惹きつける。それでは、さて自分自身はどうなのだろうか、解らない。もしかしたら、他人も自分について同じ評をしているかもしれない。
当惑している私に彼は目もくれない。彼は玲にだけ、親しげに挨拶をした。玲が珍しく気をきかせて、私を警視庁猟奇課警部神田川一生です、と玲が紹介すると彼は一瞬眉をひそませたが、すぐにまた元の顔色の悪い無表情に戻って領いただけだった。
なんとなく、私はここから、逃げて帰りたいような気がして堪らなかった。彼の領域を侵すことは、非常にいけない事、危険なことに思えたのである。それなのに、私のした事と言えば頷きに軽く会釈を返しただけだった。
男が私たちの先に立って、古びた屋敷の中を案内しはじめた。廊下が歩く度にミシミシと軋む音がした。玲が某所に所有する屋敷も古色蒼然とした佇まいだが、古いの意味合いがまるで違う。玲の屋敷が上質な骨董品に埋もれた屋敷ならば、この屋敷は幽霊屋敷のようだった。
「この間の話を、考えていてくれましたか」
男は、あの聞き覚えのある感情がこもっていない低くて聞き取りにくい声で玲に話しかける。それに対して、玲と執事はチシャ猫のようなにやにや笑いを唇の上に浮かべて顔を見合わせる。どうやら、玲も執事も男も、この場にいる人間で私以外は何もかも了解しているらしい。それを見て、私は私だけ取り残されてしまったような感情に囚われる。居心地の悪さを悪酔いをする酒のように味わう。悪酔いしそうだった。
「もちろんです。だからこそ僕はここにいるんです。よろず、揉め事なんでもござれ。僕は人助けが趣味なんですよ。それも貴方のような少しぐらい変わってる話しが好みでしてね。まあ、大船に乗ったような気でいて下さい。悪いようには致しません」