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灰色の双翼

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「くそ! きっとさっきの道を曲がっていったんだ!」
「まったく、ねずみ一匹捕まえられんのかお前たちは! 行くぞ!」
 あやふやな返答をする仲間に対し、別の誰かが激昂する。同時に隊長らしき人物の号令が下って、その一同は足早に去っていった。
 ようやく押さえられていた口も解放され、ほっとユイスは詰めていた息を吐く。
「ありがとうございます……。たすけて頂いて……」
 そう礼を言おうと身を起こして、ユイスはその相手を思わず凝視してしまった。
 そこにいたのが、先ほど見掛けたあの目を覆った銀髪の子供。
「君……」
 こんな所でもう一度見えるなんて思っていなくて、言葉が出てこない。
 だが彼は、そんな自分には興味の無いように、完全に無視して立ち上がった。その行動に、心が抉られるような衝撃を感じた。
 彼を見れなくなって、顔を伏せる。乾いた笑いがこぼれて、気が付くと頬の刻印に触れていた。こんな幼い子供でも分かるのだ。この刻まれた刻印の意味。自分の今ある地位に。
 でもとうぜんだろうか。それが普通の反応。こうして助けてもらったという、それだけでもむしろ感謝しなくてはならないのかもしれない。
 そう思うことにして、もう一度改めて礼を言おうと、彼に向き直ろうとした。
「ユイスさん」
 突然呼ばれた名前に。反応が遅れた。今ほど自分を無視したはずの彼が、真っ直ぐ自分を見つめてくる。
 どうして、と頭の中が混乱した。名前なんて言った覚えはないのに。それに見えていないはずなのに、なぜ彼は自分を真っ直ぐ見つめてくるのだ。一歩、ユイスはその闇の中でも真っ白な子供から身を引いていた。
 それに気付いたように彼が首を傾げる。
「あなたはユイスさんじゃないんですか?」
 無邪気な声で再度問われて、びくりと震えた。思わずそうだとかくかくと首を縦に振る。すると途端に彼はぱっと口元をほころばせた。
「やっぱりそうなんですね。レイ兄さんの居所なら僕が知っています。ついてきて下さい」
 言って、彼は踵を返す。
「レイ、って」
 突然告げられたその名に慌てて待ってくれとその子供の手を掴もうとして、それはするりと抜けた。驚く間もなく、彼はたっと駆け出していく。一体何がどうなっているのか、頭の中の混乱していた。
 彼は自分の名前を知っていた。そしてレイスの居所を知っていると言った。つまり彼はレイスの知り合いで、自分をレイスの兄だと知って助けてくれたということで。
 道の曲がり角で、彼は止まって自分のことを待っている。その眼に自分の姿が移っていることなど有り得ないのに、じっとこちらを見つめて。とても、不思議な子供。
 でも胸は弾んだ。彼についていけばレイスと会える。失った手掛かりがここでまた見つかった。これを失うわけには行かない。ユイスは挫いた足を引きずって、その子供を追いかけて再び走り出す。
 同時に子供もまた走り出した。何も見えていないはずなのに、曲がりくねった細い道をすいすいと走り抜けていく。そしてまた少し行った角で自分を待って止まる。そのペースは子供とは思えないほど早くて、自分が足を引きずっていなくてもこちらのほうが置いていかれそうなほど。
 段々息が切れてくる。足も痛む。
 やっと追いついたと思うと、また彼は走り出す。休むまもなく、とにかく、今は彼に置いていかれないように、ユイスはそれだけに集中して先を急いだ。
 幾つも曲がりくねった角を過ぎる。
 また同じように曲がり角。彼がまたその角を曲がって走っていく。
 今度もその先に彼が待ってくれているものと思って、ユイスはなるべく急いでその角を曲がった。
「え、なんで……」
 曲がった先で、ユイスはその場に呆然と立ち尽くした。あの子供の姿がない。辺りを見回しても、どこにも。
 いつの間にかユイスは彼を見失っていた。
「そんな……」
 何度見ても、他の狭い辻をのぞいても、どこにも彼の姿は見当たらない。見えるのはどこも白い壁と、真っ暗な闇ばかりだ。道を間違えたのかと一瞬思ったが、たしかこの道の他に脇道はなかったはず。完全に見失ってしまった。レイスの唯一の手掛かり。
 一気に体中から力が抜けて、ユイスはむき出しの地面に膝をついた。真っ暗な闇の中に、自分は独り置いていかれてしまった。裏切られた。そう思うと同時に今までレイスに会えるというその希望だけで持たせてきたものが、一気に崩れ去る。ぼろぼろと、関をきって涙はあふれ出し、無茶を強いてきた右足は段々と熱を持って痛みを増し始めていた。
 暫くの間、涙が流れるままにユイスは泣いていた。ただそれもやがては止まって、気持ちも段々と落ち着いてくる。先程は気付かなかったが、波の音がすぐ近くにあった。聞いたことはないはずなのに、その音が懐かしく思えてユイスを落ち着かせていた。
 ユイスは頬に残った涙をぬぐってもう一度あたりを見回した。いつの間にやら港の端に来ていたらしい。よくよく確かめれば、先程はただ闇が続いていると思った道の先も、海沿いの広い通りに続く道だった。
 情けなくも取り乱してしまったが、彼はきちんと道の分かる場所まで連れてきてくれていたのだ。それとももしかしたら、ここが彼の言っていたレイスのいる場所なのかもしれない。この近くに彼がいるのかもしれない。探せば会えるのかも。
 深く息を吸って、吐いて、左足だけで踏ん張って立ち上がった。手を壁について右足をかばう。
 もう夜も遅い時間。この時間ならば一目につくこともないだろう。警備隊も近くにはいない様子。熱を持ち始めた足も冷やしたいしと、とにかく一度、ユイスは海岸に出てみることにして歩き出した。
 
 
作品名:灰色の双翼 作家名:日々夜