灰色の双翼
まるで心を奪われたように目が離せなくなる。
そこには、背の高い異国の民族衣装らしきものを着た紳士的な青年が立っていた。
「実は彼についてお話があるのです」
物腰柔らかく、青年がメリアに向けて笑みを作る。
「どうぞ私と共においで下さい」
手を差し延べられて、うっとりと、言われるがままにメリアはその手を取っていた。
深い夜の闇のような瞳が、メリアだけを見つめてくる。
そして、その瞳に見つめられるまま、何も彼も忘れ、メリアはその青年と共に夜の闇の中を歩き始めるのだった。
場所は変わる。そこは四方の壁を無機質な鉄板と人工的な光で埋め尽くされた薄暗い空間。床にはところせましと訳の分からない金属の塊が並べ立てられ、その隙間を様々な走り書きのメモが散乱している。そんな足の踏み場もない狭い空間に男がひとり、一番大きなモニター画面の前に釘付けになっていた。
白衣を身に付け、ぼさぼさのおそらくは銀髪なのだろう髪を、頭の後ろで無造作に一纏めにしている男。片手にはもうとっくに冷めてしまったコーヒーカップが未だ握られたまま。きちんと整えれば見栄えのいい青年だろうに、それは今、ほったらかしの無精髭によって見られたものではなくなっている。ただ、彼の四つに別れた画面を見つめる銀灰の双眸だけは、輝きを失うことはなかった。
「とーとーきたか…! ここまで待った甲斐があったってもんだぜ」
にやりと、男が唇をつり上げる。男が見つめるそれぞれの画面には、彼らの姿があった。一つは走るレイスの姿。そして、それを追うユイスの姿。あとのもう二つはメリアと、それからあの目を覆った子供。それらを順々に眺めながら冷めたコーヒーを口に運び、片手でキーを叩く。ピッという電子音が鳴って、モニターにユイスの姿が大きくアップになった。
「あとは……計画通り動いてくれるのを待つだけってな……」
口元に浮かぶ、どこか嘲るような笑み。
モニターから視線を外す。傍らには常に一枚の写真。おそらくはきちんとしていた頃の男だと思われる人物と、その隣に可憐な女性がまだ生まれたばかりの幼子を抱いて微笑みを浮かべ、立っていた。幸せな、普通の家族の写真。
「もうすぐだ……サラ……」
男はその写真を手にとって、薄暗い照明にかざす。光は写真に遮られ、男の顔に暗い影を落としていた。