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灰色の双翼

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 辺りは相変わらず闇の中で白い建物が街頭に照らされ、一層その色を際立たせながら立ち並んでいる。サラザードや王都などはレンガ作りの家が多いため、こういったセルモーザの真っ白な石壁は珍しくて、歩きながらユイスはそれらを見回していた。
 その途中、往来の中に不思議なものを見つけて、眼を瞬かせる。
 すでに夜も更けてきて、普通子供などはもう出歩かない時間。だというのに、石壁の白さに溶け込むような真っ白な服を着た銀髪の子供が、人波をひょいひょいとかきわけて進んで行く。しかも、目の回りを白い布で何重にも覆っているのにもかかわらず。
 ユイスは一瞬幻でも見たのかと目をこすってもう一度良く見たが、その子供はやはり同じ姿で駆けていく。とても不思議な光景。普通ならば歩くことすら大変なはずなのに。
 ルクレアも目が不自由だったから、良く分かる。いつも杖を片手にしているか、もしくはだれかに付き添われるかして歩いていた。あんなにすいすいとなんて歩けはしなかったはずだ。
 地元の子供なのだろうか。だからこの人混みを苦もなく進んでいけるのだろうか。慣れればそんなこともできるようになるのだろうか。だとすれば凄いことだけれど。
 そんなことを考えていて、ふと気が付くと子供の姿が人波の中から消えていた。いつの間にかどこか脇道にそれたらしい。もし良ければ話を聞いてみたかったのだけれど、それはやはり無理のよう。あきらめて、ユイスは前をいくメリアに視線を戻した。
 道はちょうど大きな交差点に差し掛かるところ。
「どけどけ!!」
 その時道行く人々に罵声を浴びせながら一頭の馬が交差点に突っ込んできた。わたわた一斉に人々は右へ左へと端によって馬に道を開ける。人々が何事かとざわめく中を、乱暴な早馬は、真っ直ぐ西へと向っていく。その騎乗の男が背に負った紋章が警備隊のもの。すぐに人々はそれが警備隊の急使だと知った。
「なにかあったのかしら……」
 メリアが馬を見送りながらつぶやいた。
 確かに、急使が向った西の方が何やら騒がしくなっている気配がある。大きな事件でもあったのかもしれない。こういった街にはそういうものが付き物だ。
 ユイスの胸もどこかざわつく。
「それにしても、何だったんだろうねぇ」
 そこへちょうど道の反対側からそんな声。
 見ると、そこそこの商人らしい三人組みが、隅の方で今のことについて何か話をしている様子。
「決まってるさ。きっとまた赤い悪魔(レイ・ディーヴァ)だよ。やつが出ると警備隊も躍起になるからね」
「赤い悪魔……」
 どこかで聞いたような響きの名前だった。だが、そんな物騒な名前をいつどこで聞いたのか、はっきりと思い出せない。メリアなら分かるだろうかと、傍らの彼女に視線を向けて、思わずユイスは身を引いた。彼女は眉間に皺を寄せてまるでその商人たちをにらみ付けるように、見つめていた。
「だが、あの赤い悪魔(レイ・ディーヴァ)も私らみたいな小規模の商人にとっては神様も同然さ。今度はどこの大商人をやってくれたのやら。これでまた商売が良い方に向いてくれるといいがね」
 ちがいないと、商人たちが一斉に笑い出す。その台詞に益々メリアの表情が険しくなった。そんなメリアを見るのは初めてで、一体何があったのかユイスはうろたえる。声をかけることもためらわれて、おろおろとその商人たちとメリアを繰り返し見比べた。
 その時がらがら、と大きな音をたてながらゆっくりと、商人たちとの間に馬車が通りがかる。その音と馬車の車体に遮られて、それ以上男達の話は聞こえなくなった。
 同時に乱暴な動作でメリアがユイスの腕を引いた。
「何が出たんだかしらないけど、私たちには関係ないわね、きっと。行きましょう、ユイ」
 刺々しく言い放って、メリアが再び歩き出す。
「え、ちょっ! メリア!?」
 引っ張られて、ユイスは前のめりになりながらメリアの後を追った。普段なら自分を気遣って絶対にそんな真似をしないメリアが、どんどん一人だけで前に進んでいく。本当に一体なんだというのだろう。メリアもあの商人たちも。ユイスには何がなんだか分からない。
 ただ、さっきから何かが心のどこかにひっ掛かっている気がしていた。今のやり取り。メリアのいう通り自分たちには関係ないのだろうけれど、なぜか胸が騒ぐ。それに、先程見た子供のことも気にかかった。
 もう一度何かを確かめたくて、ユイスは北道を振り返る。白い壁に視線を滑らせて、その先に転じようとして。そこでユイスの眼は止まった。視線を巡らせた、建物と建物の間の狭い小路。表に立ち並ぶ店の裏側を走っていく人影。光りもなく闇に包まれた暗い中で、身を隠すように更に黒いローブをまとって走っていく。そしてそのローブの合間から微かにこぼれた金髪と、一瞬見えた横顔。
「レイ……?」
 咄嗟にユイスは、首輪のベルトを解き、メリアの手を振りほどいていた。
「きゃっ、何、ユイ!?」
 手を振りほどかれたメリアが小さく叫び声を上げる。何が起こったのか一瞬理解できずに、腕を押さえて彼女はそこに立ち尽くした。
 その姿もユイスにはもう、目に入っていない。彼女が自分の名を呼ぶその声すらももう何も聞こえはしなかった。
 ただ、慌てて避ける人波の間を抜けて、夢中で細い小路を走っていった。あの一瞬垣間見ええた人物の姿を追って。
 
 
 走っていくユイスの姿が、狭い小路の向こう側に消えていく。
 手を振りほどかれ呆然としていたメリアは、それを見送って我に返った。
「レイ……って……」
 ユイスが走りだす前につぶやいた台詞。彼がそう呼ぶ人間はこの世に一人しか居ない。彼の双子の弟であるレイスのことだ。自分たちがここに探しにきた相手。
「まさかもう見つかったっていうの……?」
 有り得ないことではなかった。この街のどこかにいると言う事は、彼らを取引したという王都の奴隷商人に確認済みだ。街を歩いていてバッタリなんてことも確率は低いが、ないわけではない。奴隷を連れ歩く商人などももこの街には多いと聞いている。
 つまりユイスはそういう人間を見掛けて追いかけて行ったということになる。
「どう、しよう……」
 メリアは途端に真っ青になった。
 ユイスは一人でレイスを追いかけて行った。本来ならばそれは決して有り得ないことだ。法律で奴隷が一人で勝手出歩くことは堅く禁じられている。もし、一人でうろついていることが見つかったら捕まえられてしまう。それは本人が一番良く分かっているはずだが、今のユイスはきっとレイスの事で一杯になっていて、そのことまでに頭が回っていない。しかも悪いことに、今は警備隊があの赤い悪魔を探し回っているだろう。もしまかり間違って彼らに間違えられたら大変なことになる。下手をすればその場で切り捨てられることもあるのだ。
「大変、追いかけなきゃっ!」
 メリアは慌てて走り出していた。
 とにかく今はユイスを何がなんでも止めなければならない。
 そう、自らも狭い小路に足を踏みいれようとしたときだった。
「もしや、あなたがさっきの少年の主殿ですか?」
 突然背後から声を掛けられて、メリアは驚いて振り返った。
 その瞬間、メリアは他の何もかもを忘れてしまうくらいの衝撃を受けた。
作品名:灰色の双翼 作家名:日々夜