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灰色の双翼

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 じっともの欲しそうに、そんなレイスを見つめていると、彼はやがて呟くようにユイスに尋ねた。
「あの時、村を出てから、お前は朝日って見たことあるか?」
 突然そんなことを聞かれてきょとんとした。朝日なんてごく日常的に見てきたものだ。今日ももうすぐ昇るだろう。そんな当たり前のもの。
 そう言ったら、レイスは微かに笑った。自嘲するような笑みだった。
「俺はずっと見てないんだ……。俺は、ガルグでの生活しか知らない……。『赤い悪魔』なんて名を与えられて……闇しか、知らずに生きてきた……」
 ずしりと、急に胸が重くなる。まずいことを言ってしまった。普通の人間にとって当たり前のことでも、レイスは違う。常識が通じない世界で彼は生きてきた。そういうこと。
「でも、でもだったら、今日見ればいいよ。明日も明後日も、この先……」
 この先もずっと、と言いかけて、言葉を切った。それ自分が言っていいものなのか。レイスに無理やりそれを負わせたのは自分自身なのに。
 彼は顔を伏せ、何も見ようとはしなくなる。
 やっぱり戻ろう。そう思って腰を上げようとしたとき。
 そのときふと、ちかりと何かが光った。その直後、突然辺りがまぶしく照らされる。
 いつのまにか太陽が昇っていた。明るく辺りをその大きな光で照らし、包み込んでいく。
 圧倒される。
 しばらくユイスはその場で動けないまま、ゆったりと水平線から上昇していく太陽を見つめていた。その真っ白な光に魅入られたように。
 完全に上りきって、太陽の淵が水平線から離れていくと、レイスが突然ぽつりと呟いた。
「朝日って、こんなに綺麗だったんだな……」
 なぜだろう、と彼は首を傾げる。
「こんな感情、前は知らなかったのに…」
 呆然と見つめたまま、彼は言う。
 もしあのまま死んでいたら、この光景を見ることはなかったのだと、当たり前のことを、震えた声で。
「お前みたいだ……」
 ぽつりと、吐息のように吐きだされた言葉。
 え、と横を見ると彼は朝日を見つめたまま言った。
「闇の中で、俺が唯一持てた光。それが、お前だった。俺も、お前と同じだった。お前を奪われたくないから、何も求めないふりをしていた。本当はずっと、こうして二人で生きていくことを望んでいたくせに……。俺は馬鹿だな……」
 ゆっくりと、彼は朝日から視線を外してユイスを見つめた。それから、ユイスよりも少し骨ばった手で、ユイスの頬に触れた。それはとても、温かかった。
 レイスがそっとユイスの耳元に唇を寄せる。
 ささやかれたのは、ずっと一緒にいてくれと、そんな言葉。
 途端に胸の奥に熱い熱が生まれて、それが体中に広がった。
 気が付くと、ただ夢中にレイスにしがみついていた。
「ごめん、ごめんね……」
 繰り返されるのはそんな言葉。けれどレイスは何も言わずに抱きしめていてくれた。それがとても、温かかった。
 二人で手をつないで、海岸を歩いた。レイスは照れくさそうにしていたけれど、それはそれでレイスらしくてうれしかった。
 波打ち際で、ぱしゃ、とユイスの足にさざなみが寄せてきて、子供のようにはしゃいで逃げ回る。
 以前の二人なら、考えられもしなかった光景。幻のようだけれど、確かな現実。
 ふと、ユイスはそこで立ち止まった。波が足元の砂を静かにさらっていく。
 ねえレイ、と背後を振り返らないまま呼びかけた。
「これから、どうしよっか……」
 特に深い意味もなく呟いた言葉だった。
 村に帰ろうとは言っていたものの、こう普通に生きられない体になってしまったからには、このまま帰るわけにも行かない。もし帰れたとしても、ずっと暮らしていくことはできないだろう。かといって、ただこのままザフォルの館で世話になることもできなかった。自分たちの今後の行き先を決めなければならない。
 それをレイスも悩んでいるのか、返事はなかった。
「ま、いいよね。ゆっくり考えれば」
 あきらめて振り返った。そのときちょうど、顔を上げたレイスの視線とぶつかる。
「お前の行きたいところに行けばいい……。村に帰るのでも、どこへ行くのでも……」
 一瞬、レイスの顔が陰っているように見えた。だが実際にそう言って顔を上げたレイスは、微かに微笑んでいるよう。
 それになんとなく、ユイスは違和感を感じた。そして同時に思い出す。以前村に帰ろうと誘ったときのレイスの台詞。
 帰れるのだといくら誘っても動こうとしなかったレイス。ヴァシルの影響を知った後はそのせいで帰れないのだと思っていた。今も、自分たちの状況を考えてそんな表情をしたのかもしれない。だが、もしかしたらレイス自身、村に帰れない理由でもあるのかもしれない。今、彼の表情を見てふと、そんなことを漠然とではあったが、感じた。
「ねえ、レイ」
 ん? とレイスが僅かに首を傾けた。
「じゃあさ、旅に出ようよ」
 え、とその唐突な台詞にレイスが目を丸めてユイスを凝視する。
「旅はいいよ。自分の知らないいろんな事を見たり聞いたりしてさ。すごく、楽しかった……」
 言ってしまって、声は沈んだ。言わなければよかったと、すぐに後悔。目頭が熱くなって、ついそれを押さえた。
 サラザードからセルモーザへの旅の中で楽しかったのは、常にメリアと共に過ごしたときのことだった。そのメリアは今、ガルグの手に落ちてしまっている。その生死すら、ザフォルも知らなかった。
 失敗した。こんなことを見せたいわけじゃなかったのに、どうしてもこらえきれない涙が、頬を伝ってしまう。
「サラザード……」
 ぽつりと、レイスが呟いたその言葉に弾かれたようにユイスはレイスを見つめた。
「メリアだったか、お前と一緒にいた……。彼女もサラザードの人間か?」
 顔を伏せてこくりと、ただユイスはうなずいただけ。それ以上のことは、今はまだ言葉にすることはできない。言ってしまえば、レイスをなじることになりそうで。
「そうか……。じゃあ、行かなきゃな。俺の責任でもあるし……」
 レイスは海のはるか向こうに視線を向けた。一瞬それがどこを見ているのかわからなかったユイスだが、すぐに理解した。太陽が昇ってきた方向。この島の遥か東に位置している自分たちの生きてきた大陸。
「レイ……」
「行こうか、ユイ」
 レイスがユイスの言葉を遮って、手を差し伸べる。それはひどく切なそうで見てて耐えられない。それでもヴァシルの前にいたときのあの表情のないときよりはずっとまし。
 けどやっぱりもどかしいのはもどかしかった。
 だから差し伸べられたレイスの手を取るふりをして、ぐっとその腕を引っ張った。
 うわ、と短く声をあげてレイスがユイスの腕の中に倒れこんでくる。
 なのに、受け止めるつもりが受け止め損ねて、二人してばしゃんと波際に倒れこんだ。
「ユイ……」
 ずぶ濡れになったユイスを、同じくずぶ濡れになってしまったレイスがじとっとした目で見下ろしてくる。
「ご、めん……」
 ユイスはレイスの目を見れないまま、まず謝っていた。こんなつもりではなかったのだが、自分が情けない。
 はあ、とレイスがため息をついて身を起こそうとした。
「あ、レイ!」
作品名:灰色の双翼 作家名:日々夜