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灰色の双翼

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 昔から夢に見る光景があった。この頃は特にそれが頻繁になってきているように思える。
 いつも辺りは真っ暗で、そこにぽつんと一人だけ。暫く一人でその中を歩いていると、やがて一人の少年に出会う。彼は自分と同じ金色の髪をしていて、自分と同じ緑の瞳を持っていて、自分と同じ体付きをしている。まるで鏡に会わせたようなそんな少年。
 そしてその少年は、決まっていつも自分に研ぎ澄まされた刃を向ける。機会のように表情もなく、けれどとても苦しそうな顔で。
「――!」
 自分はいつも彼の名を叫ぶ。どんなに叫んでも、それは決して声にはならない声。そうしているうちにも彼は刃を構えて。
 そして……。
「……イ……ユイ?」
 強く揺さぶられてユイスははっと目を開けた。
 正面から一人の少女が自分の顔をのぞき込んでいた。いつもの愛くるしい表情に、今は少し不安と困惑の色が浮かんでいる。
「あ……メリア…?」
 ぱちくりと目を瞬かせると、彼女が呆れたように溜め息をついた。
「どうしたの?さっきからぼーっとして。大丈夫?」
 ひらひらと目の前に手をかざされて、やっとそこで自分が今まで夢を見ていたのだと気付いた。頭がぼんやりとして、手で押さえた。
 いくらもう日が沈んでしまった後だとは言え、歩きながら夢を見るなんてどうかしている。しかもあんな夢。レイスが、自分を殺す夢。彼の刃が自分の首を跳ねるところまで生々しい、夢。
「ユイ?」
 またメリアが訝って顔を覗き込んでくる。
「あ……ごめん……。何でもないんだ…」
 言って、へへ、と照れ隠しに頭をかいた。
「そう? まあ、今日も疲れたし、そのせいかもね。でももうすぐセルモーザなんだから、もうちょっとがんばってよ?」
 そう言って、年は自分よりも下の筈なのに、お姉さんっぽくメリアはユイスの前に指をかざした。そのまま踵を返して、早く行こうとユイスを急かす。
 確かに、街は目の前。あと少し歩けば、東側の入り口である橋を渡れる。
 きっとさっきの夢もメリアの言葉の通り、疲れたせいだと思うことにして、ユイスは苦笑しながらメリアの後について歩いた。
 
 
 メリアとユイスの二人は、このバラグラン王国の西の端、西の都セルモーザへと来ていた。セルモーザは北と南を広大な海に挟まれ、北東と南西は風と炎の名を持つ二つの大陸へとつながる、狭い地峡に位置する大きな街。古くから陸海両方の交易の拠点として発展してきたその巨大で複雑な町並みは、このバラグラン王国の中でも東の都サラザードと並び、王都に次ぐ規模を誇る。さらに他の街とは違い商人の町ということもあって、その開放的な雰囲気は常に様々な人間を呼び込んでいた。
 その東の入り口にさしかかって、サラザードから来たメリアとユイスも思わず立ち尽くす。
「す、ごい、ね……」
 ユイスもその光景を見て唯一言葉にできたのはそれだけだった。メリアも、同じ様にしきりにうなずき返すしかできない。
 サラザードも確かに東の都と呼ばれ人の多い町ではあるが、日が暮れた夜までこんなに賑やかではなかった。なのに、このセルモーザと言ったら夜が更けても明々と街灯が点され、それが大通りの両側に立ち並ぶ、この地方独特の高い石造りの白い建物を照らし出し、その中を人々が昼間のような賑やかさで行き来する。四方八方どこを見ても人、人、人で、どこもかしこもごった返していて、一体自分たちはどこにいけばいいのかさえも分からなくなってしまう程。
 それに、バラグラン王国はもともと東西の通過点であるため、様々な人種が入り乱れている国だが、中でもこのセルモーザが一番その傾向が強かった。肌が白い者もいれば黒い肌の者もいる。眼の色も様々。服装も一般的に普及している普通の服を着たものもいれば、不思議な色合いの布をただ巻き付けただけのような民族衣装を着ている人間もいる。それから身分も様々で、裕福そうな商人らしき人間もいれば、その日の食べ物にも困ってるのだろう、やせ細った子供も。中には疎らではあるが、このバラグラン王国において最下位の身分に当たる者もいた。体に刻印を刻まれ、首輪をつけられて、人間であることすら許されず、裕福な人間に飼い犬か何かのように連れ回されている『奴隷』という身分の人間。彼らの多くは暗い顔をして俯いているか、すでに表情をなくしてしまっているか。
「やっぱり……ここも多いんだね……」
 そう、他の奴隷たちの姿を見つけてつぶやいたのは、ユイスだった。かつてレイスと共に故郷を離れた彼もまた、今は頬に刻印を刻まれた者の一人だった。おそらく、レイスもまた。
「本当に……見つかるのかな……レイは……」
 ユイスの視線が落ち、柔らかな金髪が頬に差し掛かって暗い影を作る。先ほど見た夢にも出てきたレイス。
 七年前、ユイスとレイスは共に売られた。決して離れないという約束を交わして。だがそれは結局かなえられず、ユイスは東のサラザードへ。レイスは西のセルモーザへ。それぞれ全く逆の方向へ離れ離れにされてしまった。
 最初の主は決していい人間ではなく、死のうかとまで思って結局三年前にそこから逃げ出した。その後逃亡奴隷として追っ手をかけられ、殺されそうになっていた自分に、メリアは手を差し延べてくれて、彼女の仕える主であり、奴隷や親を亡くした子供達を保護しているルクレア様に引き合わされた。しかも、そのお力でこの身分から解放して頂けることにまでなって。
 そして今自分は、こうしてセルモーザにいることを許されている。この広い街でレイスを探すために。彼と一緒にルクレア様に開放してもらうために。
 二人のやさしさに触れて、同時に今度は自分がレイスを救いたいと思った。彼が自分と同じ目に会っているとは限らないけれど、それでも世の中はメリアやルクレア様のようないい人間ばかりではない。
 それに、一つ目の願いはかなえられなくても、せめてもう一つの約束、共に故郷へ帰ろうと言うその約束をかなえたかったから。
 でも、自分がレイスに殺される。その夢が何を意味しているのか分からない。そのせいでいくら前向きに考えようとしても、ユイスの心はいつもどろどろとした闇の中へと沈んでいこうとする。
 今もそう。
「レイは……本当にこの街で僕を待っていてくれるのかな……」
 ぽつりとこぼれた弱音。
「ユイ……」
 首輪の鎖を手にするメリアが、シャラ、とそれを手の中から滑り落とした。
 ペチ、とその直後、軽くユイスの頬を叩かれる。
 突然の衝撃にびっくりして、ユイスは顔を上げた。
 メリアの瞳が諭すように、ユイスを真っ直ぐ見つめてくる。
「ユイ、あなた何のためにここまできたのよ。あなたを解放してくれるって言って下さったルクレア様にまったかけて。あなたがレイス君も一緒に解放してほしいって言ったからでしょ?だったら、まだ会ってもいないうちから弱音なんて吐かない。これからなのよ、レイス君探しは。探してみなきゃわからないじゃない。それにもし彼が嫌だなんていっても、無理矢理縄付けて引っ張ってくればいいのよ。どんな事情があっても、誰だって家族と一緒にいたいはずだもの」
 ね、とメリアがユイスを励ますのと同時に、一瞬、彼女の瞳が沈みかかったことに、ユイスは気付いた。
作品名:灰色の双翼 作家名:日々夜