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灰色の双翼

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 ザフォルが部屋から出て行った後、ユイスは崩れるようにして気を失ったレイスの傍にずっと寄り添っていた。さっきまではひどくうなされていたが、今はもうだいぶ落ち着いてきている。
 額に浮いた汗をぬぐってやると、微かにレイスの瞼が震えた。もうすぐレイスの目が覚めるのだろうか。
 一瞬、ユイスの動作は止まった。レイスの目が覚めたら、やはり事の説明しなければならなくなるだろう。どうやって、レイスは生き返ったのか。そして、ザフォルが出した条件のことも。
 おそらくきっと、ザフォルもそれを自分に説明させるつもりで出て行ったのだろう。確かに、自分が決めたことなのだから自分が責任を持たなければならないのは当たり前。
 けれどそれを聞いて、レイスは一体どう思うだろうか?
「ユ、イ……?」
 びくっと、いきなり呼びかけられて体が一瞬強張った。見れば、レイスが目を覚まし、こちらにぼんやりとした視線を向けている。
「あ、気が付いた、レイ? どっか悪いとこない? あ、それとも着替える? 汗かいて気持ち悪いでしょ?」
 動揺を紛らわそうと、着替えを探すふりをして立ち上がりかけて、突然腕をつかまれた。
「レ、レイ……?」
「いい、傍にいてくれ……。その方が、なんだか楽なんだ……」
 突然のことで焦ったユイスだが、レイスの気だるそうな表情を見て、おとなしくレイスの傍らに再び収まった。
 なんとなく、変な感じ。気恥ずかしい。
 レイスはそんなことを知ってか知らずか、つかんだ腕を放そうとはしない。ユイスの腕を握ったまま目を閉じて、体を落ち着かせていくよう。
 その間、身の置き場に困ったユイスだが、腕を振り解くこともできず、仕方なくその場に居続けた。
 そしてしばらくして、レイスがまた目を開けた。
「消えたんだな……」
 そっと頬に触れられてどきっとする。
 だがすぐにレイスがユイスの頬にあった奴隷印のことを言っているのだと気付いた。
「ザフォルさんが消してくれたんだ……」
 レイスをよみがえらせてくれと頼んだとき、ザフォルはユイスに施したもう一つのことと同時にユイスを束縛していたその証を消してくれた。
 それだけはユイスにとって、純粋に感謝できるものだった。
 ただレイスは逆にザフォルかと、いまいましげに呟く。
「ユイ、奴は、一体何者なんだ? 俺はどうしてここにいる?」
 お前はなにか知っているのかと、レイスが聞いた。
 真っ直ぐレイスに見つめられて、ユイスはつい、視線を外した。
 やはり、どうしても説明はしなければいけない。けれど、どう説明すればいいのか、それがわからない。
「ごめん……レイ……」
 結局、悩んだ末に出てきたのはそんな言葉だった。
「なんで、謝るんだ?」
 尋ねたこととはまったく見当違いの答えが返ってきて、わけのわからなさそうな顔で、レイスは首を傾げた。 黙りこんだユイスを覗き込むように、レイスが身を起こす。
 まっすぐに、レイスに見つめられた。その視線が嫌で、さらに顔を伏せた。
「お前は一体何を知ってるんだ? 俺の知らない間に一体、何があったんだ……」
 教えてくれと、レイスがユイスの肩に手をかける。その手が、ユイスの肩をびくりと震わせた。
「怖かったんだ。独りになるのが……」
 弾かれたように、ユイスは言葉を紡ぎ出す。いったん口火を切ってしまったからにはもう止まらなかった。
「レイが今まで僕の支えだったんだ。レイが無事なら、自分もがんばれるって、ずっとそうやって生きてきた……。いつか約束を叶えるんだって……。それだけが、希望だったんだ……。なのに君を失って、どうすればいいのか分からなくって……。そんなときに、ザフォルさんが現れたんだ。条件を呑めば、君を生き返らせてくれるって。悩んだよ。でも、結局はその提案を受け入れてしまったんだ……。君の承諾もなしに……」
 ザフォルが何者でも構わなかった。レイスを生き返らせてくれるなら。条件も、気にはならなかった。その結果、レイスとずっと一緒にいられるなら。むしろ、歓迎されることだった。独りでさえ、なければ。
 微かに、ユイスは顔を上げた。レイスは呆然としてユイスの紡ぎだす言葉を聞いている。信じられないとでも言いたそうに。
「ごめん……」
 再び視線を伏せて、ユイスはそう呟いた。
「ザフォルさんの条件は、僕たちが彼の研究に協力すること。ザフォルさんは肉体を失った君の魂を入れる器として、僕の複製を作った。そして、それに魔封という処置をした……」
「魔、封……」
 聞きなれない言葉に、呆然としたままレイスが繰り返す。
「物に魔力を込めることだって。ザフォルさんはそれを応用して君の魂を封じ込めたんだ。その体に」
 示されて、レイスは己の体を見下ろした。言われてみなければ、それが元はユイスの体だったなんて気付かなかっただろう。もともと自分たちは本当によく似た双子だったから。幼いころはそれで母親以外にはよく間違えられていた。今では本当に、懐かしい思い出だ。
 そしてもう二度と、戻ってはこない時代。
「実はね、レイ。僕自身もその魔封を受けたんだ。僕は、この体に魔力を封じてもらった。ただ、その魔封というものには副作用があるんだ……」
 告白を続けるごとに、ユイスの声の調子は下がっていた。段々と一番言わなければならないことに近づいてきて、けれどどうしても伝えることが苦しくて、再びユイスは言葉を切る。
「ユイ……? 何が、あるんだ……?」
 薄々、レイスも気が付いているのかもしれない。自分が言おうとしていることに。
 微かにレイスの声も震えていた。
「ごめん……。魔封の副作用は、これ、なんだ……」
 おもむろに、ユイスは懐から小ぶりのナイフを取り出した。護身用と思われるそれは大した殺傷能力はないものだ。しかしそれを、ユイスは己の首筋にあてがった。
「な、ユイ!」
 レイスが気付いて止めにかかろうとする。が、いつもよりも数段鈍いその動作は、ユイスの行動に一瞬追いつかない。
 ざ、とユイスの首筋にナイフの刃が滑る。護身用とはいえ、ナイフであることに変わりのないそれははっきりとした線を残して首筋を抉った。
 途端に、辺りは真っ赤に染まった。白い部屋が一瞬で、噴き出した鮮血に染まる。
「ユ……イ……」
 そう呼びかけるレイスの顔色は、部屋の色とは対照的に、血の気を失って白かった。
 呆然として、彼はユイスを『見上げて』いた。
「どういう、ことなんだ……」
 呟かれたレイスの言葉に、彼は悲しく笑いかける。
「見ての通りだよ、レイ……」
 それは明らかに致命傷だった。ユイスの手にあったナイフは、確実に頚動脈を切断した。吹き上げた血の量は、人を失血死させるのに十分足る量だった。
 なのに。
 なのにユイスは変らずそこに立ち、変らずそこでレイスに笑いかける。とても、悲しそうな顔で。
 そして呟いた。
「ごめんね……レイ……」
 と、頬に一筋の涙を流しながら。
 
 
 
 シュン、と扉はユイスの背後で閉じられた。
 辺りは薄暗い廊下。外ではもうそろそろ夕刻に差し掛かる頃。四方を海に囲まれたこのザフォルの館からならば、きっと真っ赤な夕日がはるか海のかなたに沈んでいく様がよく見えることだろう。
作品名:灰色の双翼 作家名:日々夜