灰色の双翼
現れたのが、よれよれの白衣を着た、見たこともない男。だがその飄々とした風体に、レイスの本能的なものが働いた。
「誰だ、貴様……」
無意識のうちに、ユイスの姿を隠すように腕に抱きこんでいた。きつくレイスはその男を睨みつける。
得体の知れない男。飄々としていても、その内側からにじみ出てくる強い魔力の気配は隠せない。レイスの本能が告げる。この男は危険だと。
が、男はレイスの睨みをあっさりと受け流した。
「まあ、そう睨むなよ。かわいい顔が台無しだぜ?」
「貴様……っ!」
かっとなって声を荒げたとたん、いきなり体に強いめまいが襲った。ぐらりと、ユイスの上にかぶさるように崩れてしまう。 慌てて抱きとめるユイスの腕の感触がやけに遠い。ひどく体は重くなった。
「ったく、まだ完全に定着しきってねぇんだから、そう無茶するなよ。おまえさんはもうしばらく休んどけ」
くつくつと、まるでレイスの無様な姿を嘲るように男は笑う。その上レイスが苦しんでいる様などお構いなしで、壁に背を預けて煙草を吹かしはじめた。
それが一層、レイスの癇に障る。
「てめぇ……っ!」
重い体を無理やり起こそうとして、けれど、それをユイスに止められた。
「待って、レイ! ザフォルさんの言うとおりだよ! ちゃんと休まないと!」
「ユイは黙ってろ!」
一喝されて、ユイスがびっくと震えて身を引いた。
「貴様何者だ!? 俺を生き返らせて、ユイをこんなところに連れてきて、一体どうするつもりだ!」
叫ぶほどに息が切れる。ぜいぜいと呼吸が荒くなる。
だがユイスにザフォルと呼ばれた男は、ただ肩をすくめるだけ。やれやれと、呼吸も絶え絶えの中で睨みつけてくるレイスを見下ろす。
「おまえさんの弟はどうしてこう血の気が多いかねぇ。昔からこうだったのかい?」
ザフォルがユイスを振り返り、あくまでふざけた風に彼の肩を組もうとした。
「ふざけるな!」
とっさに投げつけたものが二人の間に風を切り、反対側の壁にぶち当たって砕け散る。中に残っていた水が絨毯に散って滲んだ。投げつけたのが、ベッドの脇に置かれていた水差しだった。
「ったく、危ねぇなぁ」
飛び散った破片と水を見やりながら、ザフォルは呆れたようにため息をつく。
「しっかし、定着しきってねぇってのに、よくそんだけ動けるもんだ。って、さすがにもうそろそろ限界か?」
言って、ザフォルは喉を震わせた。
息切れと強い目眩。そして再び始まりだした体中の痛み。それらにレイスはベッドの上でうずくまっていた。
「ま、今はゆっくり休むこったな。この分じゃ状況の説明なんて聞けるような状態でもねぇだろ?」
確かにザフォルの言い分は最もだ。今の状態では、ただ歯を食いしばって次第に増し始める痛みに耐えているしかできない。思い通りにならないからだがいまいましくて仕方がなかった。
「さてと、後はユイスに任せて邪魔者は退散するとしますか。しっかり凶暴な弟くんの看病してやれよ?」
ザフォルはレイスの姿を一瞥してから、ぽんとユイスの背中を押す。ユイスが驚く間にも、ひらひらと片手を振りながら立ち去ろうとした。
「待て……! 答えろ、貴様一体何者なんだ……!?」
立ち去ろうとするザフォルに焦って、レイスが叫ぶ。
息切れする中のレイスに呼び止められ、逆にザフォルはのんびりとした動作で振り返った。
「『貴様』じゃないぜ、ザフォル=ジェータだ。ま、通りがかりの大魔法使いって覚えといてくれ」
じゃあな、とザフォルは最後まで飄々として、あとはレイスのことは完全に無視を決め込んだ。
「っざけんな……!」
追いかけようと体を動かそうとすれば、体は悲鳴をあげてそれを拒否した。もう、動こうにも動けなかった。
ザフォルの姿はそうしている間にも自動扉の向こうに消えていく。それにつれて、段々と視界がかすんでいくのも分かった。
ザフォルの代わりにユイスが近寄ってくる気配が伝わってもきたが、それすらもやけに遠く感じる。
「ち、くしょ……」
どんどんかすんでいく視界と、重たい靄のかかっていく意識。
そしてそのまま、レイスはそこで再び気を失った。