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灰色の双翼

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1.5−2


 
 
 名は、赤い悪魔(レイ・ディーヴァ)と呼ばれていた。由来は、目標を狩った後、その血を浴びて真っ赤に染まった姿が、まるで悪魔のように見えるからだと。
 けれどそんなことはどうでもよかった。ただ命令に従って、どんな人間だろうと殺すだけ。ただの殺人人形(キリングドール)。それ以外のものであるはずがなかった。
 なのに。
 そのときも、いつもと同じように目標の男に向かって駆け出した。両手に持ったブレード。それが男を斬りつける。いつもと同じように、肉を裂く感触が両手に伝わる。
 でも、目標だと思っていたものが、ふと別のものにすりかわった。
 ぱっと、目の中に周りの緑と金色の光が飛び込んだ。
 その直後、目の前で翻る長い髪。
 自分を求めるように差し出された細い腕。
 自分が向けた刃に抉られた、華奢な体。
 いつもと同じ、飛び散った赤い鮮血。ただ、やけにその色が鮮やかで、美しい。
 気が付くと、緑の草の上に金色の長い髪が散らばっていた。そしてその髪の持ち主であると思われる女が、赤く染まって足元に倒れていて。
 震える腕を、彼女は僅かに残った力で、ただ真っ直ぐ自分に差し伸べようとする。淡い緑の瞳が自分を見つめる。それはそれは、とても愛しそうに。
 そして、紅も引いていない、けれど形のよい唇は紡いだ。再会できた喜びに震えながら、ただ一言。
「レイ……」
 と。
 その直後、腹に重い衝撃が走った。女の細い腕が、自分の腹を深々と突き破っていた。
 
 
 
「うぁぁ――っ!!」
 辺りに響き渡った絶叫に、ユイスはうとうととまどろんでいた浅い眠りから弾き出された。
 ベッドから跳ね起きて辺りを見回す。絶叫は未だに続いていた。聞こえてくるのは白い壁で遮られた隣の部屋だ。
 すぐに思い至って部屋を飛び出した。短い廊下を走り抜け、隣の部屋へ駆け込んでその光景に一瞬目を見張った。
 昨日、レイスの魂が体に封じられ、この部屋に移された。そのレイスが今、もだえ苦しみ、絶叫を放ってのた打ち回っている。大きく見開かれた瞳は焦点があっておらず、自身の長い髪や薄い肉を爪で引っ掻き回して、引き裂こうとする。
 たまらずユイスは彼の前に飛び込んだ。
「やめてレイ! 落ち着いて!」
 必死になって、自分の体を傷つけようとするレイスを押さえ込もうとした。けれどレイスはユイスに気づいていないのか、押さえつけようとするユイスに爪を立てて抗う。ユイスの腕にいくつも引っかき傷が走る。
「ぁあぁ――っっ!!」
 尚も狂ったように叫び暴れまわるレイスと、ユイスはただがむしゃらに取っ組み合った。
「大丈夫だから! レイやめて!」
 傷がいくつできようが構わなかった。何度も何度も突き飛ばされて床に倒れても、その度にまたレイスを止めにかかった。
 今のレイスはあの時と同じだった。メリアを自らの刃で手にかけたとき。狂ったように叫びまわったレイス。あの時、ユイスは何もできなかった。そのまま、アルスによって彼が消滅させられるのを見ているしかできなかった。
 そんなことを、もう一度繰り返したくなんてない。もう、レイスが苦しむ姿を見たくなんてなかった。
 だから。
「もう、やめて! 君は何も悪くないから!」
 メリアを傷つけたのは、不可抗力だった。だから、君は苦しまないで。
 そう、思いを込めて叫んだ直後、急に絶叫は止まった。レイスの腕から力が抜けて、ぱたりとベッドに沈んだ。
「ユ、イ……?」
 焦点の合っていなかったレイスの瞳が、目の前にいたユイスの姿をようやくとらえる。何が起こったのか自分でもわからないように混乱した目で、ユイスのことを見つめる。
「ユイ、俺は……。一体……」
 叫び疲れてかすれたレイスの声。その声を聞いたら急にほっと気が抜けた。それは本当に、レイスの声だった。
「……かっ、た……。よかった、レイ……!」
 夢中でユイスはレイスにしがみついた。ぎゅっと、きつく。
 しがみつかれて、混乱しつつもレイスはゆっくりとユイスの背に腕を回した。
 先ほどまでレイスの体を苛みつづけていた激痛は、消えてはいないものの、ユイスが傍に来てから鈍い疼痛に変っている。腕を回しても、多少感覚が遠いくらいで、動きそのものに支障はなかった。
 だがそこでレイスは、はたと気が付いた。なぜ、自分がユイスを抱いていることができるのかと。
 記憶をたどってたどり着くのは、ヴァシルにたてつき、そしてアルスによって制裁を与えられる瞬間。消滅という、もう二度と蘇ることはないと決まった、解放の瞬間。
「また、俺は……」
 生き返らされた。
 アルスの右手はすべてを消し去る。その右手で体を突き破られたときの肉体が消えていく感覚も、未だはっきりと覚えていた。だというのにこうして自分が存在しているということは、生き返らされたというそれしか考えられない。きっとまた、長の命令によって。ガルグでは死んだ人間を蘇らせることなど、造作もないことだった。
 ただ、そこでようやく気付く。
「ユイ、なんでお前はここに……!?」
 自分が生き返ったのなら、ここはガルグ以外であるはずがない。それなのになぜ、ここにいるわけのないユイスがこの場所にいるというのだ。
 だから気が付くと、レイスはユイスの肩につかみかかっていた。
「なんでお前がここにいるんだ! ここはガルグじゃ……!」
 叫びかけて、その途中で突然咳き込んだ。息をするのも苦しいほどにむせ返る。額に脂汗も浮いていく。
 自分の体のはずなのに、何が起こったのかわからなかった。
「大丈夫、レイ!?」
 むせ返るレイスを、真っ青な顔をしてユイスが支える。
「まだ休んでなきゃだめだよ。僕、今ザフォルさん呼んでくるから!」
 駆け出していこうとするユイスのその手を、とっさにレイスは掴んだ。
「待てよ、どういうことだよ、誰だよザフォルって! そもそもなんでお前がいるんだよ! どうして、お前がガルグなんかにいるんだよ!?」
 呼吸するのも億劫な中、なぜだか自分らしくもなく、声を荒げてユイスに問い詰めていた。いや、自分から離れようとするユイスに、むしろすがり付いていたのかも知れない。
「レイ……」
 出て行きかけたユイスが、踵を返してレイスに歩み寄ってきた。そっと優しく背中をさすられる。するとなぜか急にすっと呼吸が楽になる。
「大丈夫だよ、ここはガルグじゃない」
 まるで昔母親にされたときみたいに、ユイスに優しく抱きしめられた。
「ガルグじゃ、ない……?」
 見上げたユイスは、なぜか少しだけ悲しそうに笑った。
 そのユイスの言葉をにわかに信じられず、辺りへと視線をさまよわせる。部屋は、大陸の西側によくある、ありふれた構造。けれどそれは、レイスの記憶にはどれも当てはまらない、見たことのない部屋だった。
 コレはいったいどういうことなのだろう。
 なぜ、自分はガルグではない場所で、こうして生かされている?
 そのとき、突然シュン、という音がして、目の前の自動扉が開いた。ユイスも同時に、視線をそちらへ巡らせる。
「よう、目が覚めたかい? もう一人のお姫様?」
作品名:灰色の双翼 作家名:日々夜