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灰色の双翼

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 その後、メリアとユイスはヴァシルに客室の方へ案内された。レイスは途中から別に用事があると言ってどこかへ姿を消している。今は三人だけ。
 辺りは薄暗く、廊下は果てが見えないようにやけに長かった。そんな中でもメリアは相変わらずヴァシルと楽しそうに会話を弾ませている。だがユイスは、未だどこかに弱い震えを感じていた。
 しばらく廊下が続き、やがて重厚な扉が二枚見えてくる。それをヴァシルが「こちらになります」と指し示した。
「こちらがメリア殿、そしてこちらがユイス君のお部屋になります。私はこの後、別のお客様のお相手をしなければなりませんので、名残惜しいのですがこれで失礼させていただきます。どうぞごゆっくりとおやすみ下さい」
 ヴァシルがそう言って紳士然とメリアの手の甲にくちづける。同時にぱっとメリアの顔が赤く染まった。端から見ても明らかに動揺して、先に休むとそそくさと部屋の中に入っていく。止めるまもなく、メリアの部屋の扉がぱたりと閉じた。
 いきなり、ヴァシルと二人。
 急に先程の震えがよみがえってくる。慌ててじゃあ自分もと、ドアノブに手をかけた。力を込めて回そうとして、それへ唐突に手が重なる。先程よりも冷たい、まるで人間の手ではないような手。そっと、肩にも手が置かれる。背後からヴァシルに抱きすくめられるような形で、ユイスの手を止められる。
 ヴァシルの視線がユイスにからみつく。ゾッと背筋に寒気が襲う。吐き気も込み上げてくる。
 それはかつて毎日のように自分に向けられていた視線とまるで同じ。なのにその冷やかで冷酷な視線、深い闇の瞳は他者を威圧し、支配するかのようでもあった。
「ユイス君。あとで迎えをよこすから私の部屋に来るといい。レイスとゆっくりと話をしようじゃないか」
 言葉はどこか楽しげな調子であるのに、その目は笑っては居なかった。むしろほとんど冷笑に近いような笑み。
 ヴァシルはメリアやアルスの言うようないい人間であるはずもなかった。今までのすべてが演技だったのだ。そしてレイスも同じように偽っていた。二人きりで会話をしたあのときのレイスの姿も本当の姿ではなかった。
 なぜそんなことをしたのかととわなくても分かる。このなみなみならぬ恐怖を感じてしまえば。
 もしかしたら彼もかつての自分と同じ目に会っているのかもしれない。
 なぜ、気が付いてやれなかったのだろう。
 なぜ、彼が幸せだなんて思ったのだろう。
「それでは、後で」
 くつくつと喉を振るわせる笑いと共に耳元でささやかれた台詞。その声からただ逃れたい一心で、部屋の中に飛び込んでいた。内側からがちりと鍵も閉めて。
 ずるずると、ユイスはその場に座り込む。けれど、ヴァシルから逃れてほっとするのも束の間。その目の前に広がった光景は更にユイスをうちのめした。信じられなくて、きつく目を閉じて膝を抱えた。
 薄暗いランプが一つきりの暗い部屋。扉の前は、バルコニーへと続く全面ガラス張りの窓。その前に天蓋付きのベッドが一つ。家具や調度品もどれも最高級の品であることは見て取れる。 それだけなら普通の客室だった。偶然とも片付けられなくもなかった。けれど、鮮明に覚えているすべて、家具の配置からカーテンや絨毯の模様まで、どこも記憶と違うところはなかった。
 そこは、ユイスがかつての主の屋敷で閉じ込められていた部屋と、まるっきり同じだった。
 
 
 メリアは与えられた部屋で、ベッドに寝転がっていた。ヴァシルにくちづけられた右手を、淡いランプの灯にかざす。自然と頬は赤く染まり、口元はほころんだ。気を抜くとえへへ、にやけ顔になってしまう。いかんいかんと頭を振って、もう一度右手を見つめた。宝物でもしまい込むように、大事に左手で包み込む。
 ヴァシルと出会ったのは、ユイスがレイスを追いかけて走り出していった直後。声を掛けられて、その途端あの黒く輝く瞳に引き込まれた。胸がどきどきして、体がかぁーっと熱くなった。そんな気持ちはまるで初めてで、すぐに彼のことが好きなのだと気付いた。この館に連れられて、いろんなことを知って、彼に抱く思いはますます大きくなった気がする。とても素敵で、とても素晴らしい人。まるでルクレアのように優しい人。
「ヴァシルさん……」
 うっとりと、右手を見つめながらメリアはヴァシルの姿を思い描いた。あんな素敵な人の側
 にいられるレイスを、ある意味羨ましく思いながら。
 と、そこへこんこんと扉が叩かれる。
「は、はい!」
 途端にメリアは悪いことをして見つかった子供のように、慌ててベッドから跳ね起きた。ユイスだろうかと、急いでドアに近寄る。思えば、こうして自分は舞い上がっているけれど、ユイスはずっと強く願ってきた希望を打ち砕かれたのだ。本当なら彼を慰め、元気づけてやらなければいけない。自分がこんな風に一人で舞い上がっていてはいけない。
「ごめんね、ユイ……」
 吐息をはくようにつぶやいて、メリアは一度大きく深呼吸をした。とにかく今は明るく振る舞って、彼を元気づけてあげないと。
 そう思って、扉を開ける。
 しかし、開けた途端にメリアは一瞬その場で硬直してしまった。
「ヴァ、ヴァシルさん……」
 かぁーっと顔に血が上った。
 慌てて身繕いする。ベッドに寝転がって皺になりかけていたのを見つけて、更に顔が真っ赤に染まった。まともに顔が見れなくて、うつむいた。
 それへ、ヴァシルは気にしてないように穏やかに笑いかけるよう。
「突然申し訳ありません。実はお話しておきたいことがありまして。ユイス君のことなんですが……」
 そう切り出したヴァシルに、きょとんとしてメリアは彼を見上げた。
「え、レイス君のことじゃなくて、ユイスのこと、ですか…?」
 聞きまちがいかと思って確認すると、彼はそうだと首を振る。そのヴァシルの台詞になんだか良く分からないながらも、メリアはヴァシルを部屋の中へと招きいれ、椅子を勧めた。
「実は、レイスがあんなことを言い出すとは思わなかったものですから、万が一も考えて貴方の主殿にお願いをと思いまして。ああ言ってはいますがおそらくレイスもユイス君と共にいたいはずです。ただ、彼は頑固なものですのであのまま自分の主張を変えはしないでしょう。ですから、彼が本当に考えを変えないのであれば、私にユイス君を引き取らせてほしいのです。もちろん、彼を引き取った場合でも私が責任を持って彼等を今の身分から解放致しましょう。いかがでしょうか……」
 考えもしなかった申出にメリアは席を立ち上がっていた。ヴァシルがそこまで二人のことを考えていてくれたなんて思いもしなかった。
「ありがとうございます! ヴァシルさん!」
 ヴァシルの手を握り締めて、目が潤むのに任せた。ヴァシルの手は少しひんやりとしているが、それも今は暖かく感じられた。
「そう言って頂けると私も嬉しいですよ。ではメリア殿、あなたがサラザードに戻って主殿と相談された上で、ご返答下さい。良いお返事をお待ちしております」
 ヴァシルはそう笑みを浮かべ、メリアももちろんだと何度も頷く。
 きっとルクレアも承諾してくれるだろう。ユイスだって絶対その方がいいに決まっている。
作品名:灰色の双翼 作家名:日々夜