遼州戦記 播州愚連隊
『大佐。運が無かったんです。引きましょう』
秋田の顔がしたり顔に見えて思わず殴りたくなる衝動を抑えて安東はうなだれた。
「殿(しんがり)はうちが勤める。各機に帰等命令を出してくれ」
諦めたようにつぶやくと煙を上げつつも平然と戦闘を続けている赤松の乗艦『播磨』を一瞥した。
「よくできる部下だ。うらやましい限りだよ」
それだけ言うと安東は帰途につこうとした。だが目の前には隊長機の三つ巴紋のエンブレムの機体が立ちはだかる。
「明石とか言ったな」
すぐさま安東へのサーベルの一撃が打ち込まれる。何とかそれを交わして背後を取ろうとするがすでに敵の機体は正面を向いていた。
「読みがいいパイロットだ。将来有望だな」
自然に笑みがこぼれるのを感じながら再び斬撃を打ち出してくる相手の動きを丁寧に交わす。
『逃げる気ですか!』
泉州訛りのアクセントで叫ぶ若者。その姿に安東の頬は自然と緩んでいた。
「今は貴官とじゃれているわけにはいかないのでな」
再び距離をとる安東。だがすぐに明石とか名乗ったパイロットの機体が間合いを詰めてくる。
「読めてるぞ」
何も無いはずの空間と思った明石の期待が煙幕に包まれる。
『S−マイン!』
それだけ叫ぶがすぐにその煙に含まれたチャフですべてのセンサーがエラーを起こして動きを止めている。
「後で遊んでやるよ」
捨て台詞を吐くと安東は撤退していく味方部隊に続いて撤退を開始した。
動乱群像録 75
「撤退やて?」
明石は機体の状況確認を終えた画面を見ながらつぶやいていた。
『どうしたんだろうな。もう一波攻撃を仕掛けられたら……負けてるぞ』
そんな魚住のつぶやきに頷く明石。安東の部隊を半分以上片付けたが部下は一人として生き残ってはいなかった。二人とも周りの機体の残骸を見ながら静かにヘルメットを脱いだ。
「こらまあ……悲惨やな」
周りには数知れぬデブリ。それが昨日まで笑っていた人間の操縦していた機体だったとはとても思えない状況だった。
『明石、魚住。すぐ帰等しろ。追撃戦の準備に当たるぞ』
別所の冷静な言葉に思わず明石は熱くなるところだった。
「死んだんやで……人が一杯死んだんやで」
『分かっているが感傷に浸れるほど世の中が甘くないのは貴様も知っているだろ?』
淡々とつぶやく別所の顔を見る。すでに割り切ったと言うような表情の黒田がヘルメットを被っていた。
『晋一よう。俺にも一分ぐらい部下の弔いの黙祷をする時間をくれよ』
魚住の言葉に明石も大きく頷いた。
『まあいいだろう。だが時間は何よりも貴重なのを覚えておけ』
別所はそう言うと通信を切った。
「あいつも辛いんや。わかったげなあかんで」
『言われねえでも分かってるよ』
魚住はそう言うと目を閉じうつむく。明石も僧職に有ったものらしくポケットに入れていた数珠を取り出すと金属片の散らばる空間を見つめて静かに手を合わせた。
動乱群像録 76
「清原さんは撤退を始めたのか……」
渋い表情で佐賀高家はつぶやいた。
ささやきあう参謀達。彼らが自分を見捨てて保身に走ることは分かりきっていた。だがそれをとめることなど今の彼にはできなかった。
「江州第三師団、出撃を開始しました!」
「『鈴鹿』からの連絡です!『これより叛乱軍討伐を開始する。清原氏の乗艦の情報を送られたし!』との事です」
力が抜けていくのが分かった。佐賀のそんな表情にすでに半数の指揮官達は彼の言葉も待たずに会議室を後にしていた。
「佐賀閣下……」
満面の笑みでうつむく佐賀を見下ろす小見。そして静かに佐賀は立ち上がった。
「満足か?」
「いえ、あなたが生きている限り私は満足しませんよ」
その言葉に佐賀は小見の胸倉をつかみ上げた。
「この状況。ある程度打開できるのは閣下しかいないと思いますが」
まだ小見は笑っていた。その笑みに自分の全身の力が抜けていくのを感じる佐賀。
「仕方が無い……」
「どう仕方が無いんですか?」
再び笑みを向けてくる小見。だがそれに反応をする力は佐賀には残っていなかった。
「全艦攻撃を開始。敵は清原和人」
小さい声で佐賀がつぶやいた。満足げに頷くと小見はオペレータがモニターを見つめている執務室に向かう。
「終わったな……」
佐賀のつぶやきに耳を貸すものはもう誰もいなかった。
動乱群像録 77
「脱出艇はこちらになります。今なら羽州艦隊の撤退に間に合うはずです」
副官の言葉に清原は大きく頷いた。爆発音が背後で響くのを見るとそのまま乗り込む。
「帝都に戻ればいくらでも挽回できる。烏丸公にもご助言いただければ……」
そう言って乗り込んだシャトル。背後に爆発の光が再び光った。
静かに武装した警備班員の後をついてそのままシャトルの貴賓室に入る清原。そこですぐに彼は目にした端末の前に座って起動をはじめた。
「閣下、通信はご遠慮願えますでしょうか……」
クルーに声をかけられて不審そうな顔で見上げる清原。
「こちらの位置が特定されます」
「しかしこのままばらばらに帝都に向かえば効率が悪い。今は一人でも戦力が欲しいところだ」
その言葉に副官は大きくため息をついた。
「なんだその態度は」
「やはりあなたは戦場を知らない人だ」
副官のその言葉にさすがに頭にきた清原が手を振り上げた。平然と左頬を差し出す副官。だが清原の左腕が振り下ろされることは無かった。
「捕まることを恐れては政治はできないよ」
そう言うと起動した端末に向かい何かを打ち込んでいく。
「負けるべくして負けたんですね。我々は」
副官のため息を無視して清原は作業を続けていた。
「最善は尽くしますが捕まった時は諦めてください」
パイロットはそれだけ言うと貴賓室の扉を閉めた。
動乱群像録 78
「出撃だ!準備をしろ!」
安東はそう叫ぶと疲れた部下達がよろよろと体を起こしているパイロット控え室から飛び出した。部下達も部隊長の言葉を聞いて自分を奮い立たせるとそれに続いた。
そして安東はそのままハンガーに来た時にようやく異変に気がついた。
警備兵が整備員に銃を突きつけて整列させている。そしてその指揮を執っているのは艦長の秋田貞義だった。
「何のつもりだ……」
そう言うと威嚇射撃がすぐに飛んできた。
「安東大佐。我々はこれから第三艦隊に降伏します」
秋田のまじめな表情に安東は顔をゆがめた。
「命が惜しいのか?」
秋田は首を振る。そしてその立場も安東には十分に分かった。
もはや官派に逆転の目は無かった。おそらく今回の第三艦隊の逆転劇に一枚噛んでいる親友の嵯峨惟基。あの男を敵に回している以上奇跡は期待できない。そして羽州が官派一枚に染まったとなれば戦後の懲罰はどのような形で彼等の領邦を襲うか分かったものではない。秋田にはそれを避ける義務があることは安東にも理解できた。
「降伏は貴様等がしろ。俺は貫くべき信義を貫く」
そう言って自分の機体を目指す安東だがその足元に秋田の拳銃の射撃音が響いた。
「大佐はそのまま自室に戻ってください」
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直