遼州戦記 播州愚連隊
死んだような目が安東を見つめている。思わず安東は敵意をはらんだ目を秋田に向けていた。
「大佐が動けばさらに赤松准将を怒らせることになります。ですので大佐には……」
「ごめんだな!」
そう叫ぶと身を翻し安東は走り出した。射撃音が響き肩に痛みが走るが無理をしてそのまま控え室の隣の脱出用エアロックに飛び込む。
『大佐!無駄な抵抗はやめてください!これ以上は!』
叫ぶ秋田の声がインターホンを通して響く中、安東は大きくため息をついた。
『大佐!抵抗はやめてください!』
驚いたように叫ぶ秋田の声を聞きながら安東は笑みを浮かべていた。
「部下に裏切られての最期……俺らしいか」
そう言うとパイロットスーツについていた短刀を取り出す。外部のモニターでその様子が見えるらしく秋田は部下にドアの破壊をするように命じたようで外が相変わらず騒がしい。
しずかに中央の床にどっかりと座る。短刀の刃は静かに銀色の光を放っていた。
「辞世の句くらい用意しておくべきだったかもしれないが……それはらしくないかな」
そう言うとすぐに喉にその刃を添える。鋭い刃は静かに喉の肌を切り裂き痛みが安東の顔をしかめさせた。
扉の外から非常用の鉈でドアを壊す音が響いてくる。
「恭子すまない。俺の信義だけは譲れないんだ」
さらに短刀の刃を押すべく左手を添える。次第に短刀を持つ右手に赤い血が流れてくるのが分かる。
「大佐!」
半分壊された扉から秋田が叫ぶのが安東からも見えた。
「じゃあな」
慌てる秋田を見ながら安東は左手に力を込めた。鮮血が流れる中、安東の意識が途切れる。
「早くしろ!医務官を呼べ!すぐに輸血だ!」
秋田は部下達を急き立てるが静かに床に倒れていく主君を目にして彼の目にも涙が浮かんだ。
「大佐!」
そんな秋田の叫びはどこにも届くことは無かった。
動乱群像録 79
「羽州艦隊が降伏……終わったな」
パイロットの詰め所で黒田がつぶやくのについ明石は笑顔を見せていた。終わってみれば五体満足で戦いを生き延びたのは隊長の明石達四人だけだった。半数の部下は戦死。他の部下達も多くは回収されて医務室で眠っている。
「終わったとはいえないだろうな……これだけの死者が出たんだ。清原さんはもとより烏丸公も無事じゃあ済まないぞ」
別所がそう言いながらコーヒーを飲んでいた。魚住はカップを別所から受け取るとそこに手にしていたフラスコから焼酎を注いで口に含む。
「これから先は政治の話さ。俺達の出る幕じゃない……と言うか出る幕をなくす為に俺達は戦って勝ったんだからな」
苦笑いを浮かべながらの魚住の言葉に頷く明石。貴族の特権の縮小は自然と彼等の権威を裏打ちしていた軍の発言権の制限が行なわれることは誰にも分かることだった。
「ええんちゃうか?兵隊や言うてもみなええ人間ばかりやないやろ?アホもおれば君子もおる。人間なんざそないなもんなんとちゃうか?それどころか下手に武器とか持っとるだけ勘違いしえ暴走するアホがいる可能性は高いしな」
「おう、やくざにしては良いこと言うじゃねえか」
座っている明石の頭をぺたぺた叩く魚住。その様子がおかしいのか黒田が噴出した。
「別所大佐」
申し訳なさそうに連絡将校が顔を出した。
「おう、いるぞ」
若い将校の方に目を向けた別所。その厳しい表情にひるんだように頬を硬直させる少尉の顔がおかしくてまた黒田が噴出した。
「現在シャトルで清原准将等が逃亡しているとの連絡が入りました……」
「追討戦か……」
「そやな」
少尉の言葉を聴き終わることも無く四人は立ち上がった。
「けじめはつけたろやないか」
明石は三人を見回しながらこぶしを強く握り締めていた。
動乱群像録 80
「臨検が来ました……遼北のようですね」
小さなシャトルの窓から清原が顔を見せる。黄色い三ツ星のマークの小型艇がシャトルに近づいてくるのが見える。
「遼北か……国交が無いのが痛いな」
秘書官の言葉に難しい顔をする清原。その様子に誰もが静かに頷いた。
『停船勧告が出ました……突破しますか?相手は旧型艇ですから振り切れると思いますよ』
「いや、臨検を受けよう。国交が無いだけでなくこちらの状況は正確に把握していないだろうからな」
そんな清原の言葉に秘書官は失望したように頷いた。
『……停船後は指示に従ってもらう』
遼北は北京語が公用語のはずだが自然な日本語のアナウンスが貴賓室にも聞こえてくる。そしてそのまま停船すると宇宙服の警備部隊員が飛び出してくる。
「なんだ?臨検にしては物々しいような……」
「もうすでに手配が済んでいるんじゃないでしょうか」
半分やけになったように秘書官はつぶやいた。そこで清原は明らかにわれに返ったようにひざを打った。
「これで終わりなんだな」
決して驚くわけでもなくつぶやく清原。その様子には慌てふためく彼を想像していた側近達の予想を裏切るものがあった。
「このまま恐らくは……近いところは濃州ですね。そちらに送致されるかと……」
秘書官の言葉に黙って頷く清原。
「抵抗はするな。これ以上の死者を私は望んでいない」
そう言う清原の言葉に秘書官は大きく頷いた。
動乱群像録 81
天幕の中。醍醐文隆はじっと目をつぶって第三艦隊からの報告を聞いていた。
「終わりましたね」
副官の言葉にしばらく躊躇した後に頷く。
「これで終わりではないとは思うがな」
その口調が滑らかさを欠いている理由は天幕の下の指揮官達にもよく分かっていた。
兄、佐賀高家の裏切りが宇宙での戦いの帰趨を決めたのは間違いないことだった。そしてその裏切りが兄の無能さを物語るような偶発的なものだったと聞いたことも醍醐の不安そうな面持ちの原因となっていた。
「とりあえず抵抗している部隊に投降を呼びかけるべきだな。このまま帝都まで3000キロ。それなりに強固な敵部隊と遭遇することもあるだろうが……」
「仕方がありません。とりあえず大掃除が必要だったと言うことでしょうから」
副官のその言葉に頷くと醍醐は立ち上がった。そしてそのまま天幕の入り口でガスマスクをつけて外に出る。テラフォーミング化済みとはいえ遼州星系第四惑星胡州の空は赤く染まって独特の土煙が太陽をさえぎっているのが分かる。
「これからが問題だ……な」
そう言って見上げた空に友軍の攻撃機やアサルト・モジュールが編隊を組んで飛んでいくのが見えた。
「さて、後は嵯峨殿の仕置きを待つしかないだろうな」
レンズの向こうに見える赤い空。それを憂鬱そうに見つめる醍醐。そしてその先で苦虫を噛み潰すような表情を浮かべて苦悩しているだろう兄を想像すると醍醐の心は痛んでいた。
動乱群像録 82
「いらっしゃっているのですね」
濃州女卿である斎藤洋子はそう言いながら濃州首府の廊下を静かに歩いていた。そのか細い体を包む軍服が似合わない様を見て次官を務めている老人は涙が出るのを抑えていた。
「……はい。とりあえず銃殺命令が出ている人物の処刑には荘園領主の立会いが必要と言うことになっていますので……」
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直