遼州戦記 播州愚連隊
「あそこは今は無人やからな。安心できるわ」
「しかしこれだけ無人化ができるとなると我々も必要なくなるんじゃないですかね」
旗艦『播磨』には実は整備員とブリッジクルーしか乗船していなかった。対空防御機能はすべてブリッジからの操作で起動するように設定し、レーダーなどの機材も他の艦からの情報を集めると言う形でクルーを他の艦に載せ換えての戦闘である。
「ですがもうそろそろ気づくんじゃないですかね。安東君も馬鹿じゃない」
長身の参謀の助言に大きく頷くと満足そうに赤松はモニターの中に映る友軍機を次々と葬る赤いムカデの絵の書きなぐられた五式、安東貞盛の機体を見つめていた。
動乱群像録 71
『火龍隊吶喊します!』
安東は部下の報告を聞きながら目の前に立ちはだかった新型のアサルト・モジュールを袈裟懸けにした。
『おかしい……忠さん。あんたは何を考えているんだ……』
部下に聞かれまいと静かに目をつぶり考える安東。だが答えは出てこなかった。
『敵駆逐艦の存在を確認!』
「雑魚にはかまうな!『播磨』を沈めれば終わる!」
上下左右で繰り広げられる死闘。その向こうにはわずかに巨艦の腹を晒している第三艦隊旗艦『播磨』の姿があるはずだった。
『このままだと沈むぞ』
再び命知らずの教導部隊の機体が勝負を挑むが軽くいなして安東は引いた。
『安東大佐!』
突然の羽州艦隊司令の秋田義貞の顔に驚いたように目を剥いた。
「何で直接通信をしてきた!」
『中央艦隊が引き始めました!清原隊に乱れがあるようです!』
この言葉に安東は寒気のようなものが背筋を走るのを感じた。
「乱れ?原因は分からないのか?」
『何でも望遠距離での狙撃を受けて次々と艦が沈められているとか……』
その時点で安東は気づいた。
「新三か……」
静かにそう言うと安東は頭の後ろに下げていたヘルメットを被りなおした。
動乱群像録 72
「吉田ー。何とか当ててるねえ」
巨大な重力波レールガンを支えるアサルト・モジュール。その20メートル弱の機体の三倍の砲身が再び光り始めた。
『隊長!二発は無駄にしていますよ』
吉田と呼ばれた男はそのレールガンと接続されたエネルギーユニットを操作しながら苦笑いを浮かべていた。
「しょうがねえだろ?俺は生身なんだからさ」
『まあ四隻目。確実に当ててくださいね』
特徴の無い顔の吉田の言葉に頷く隊長と呼ばれた男。嵯峨惟基はパイロットスーツではなく遼南帝国大元帥の制服を着て目の前の狙撃用照準機を覗き込んでいた。
「おっと……新型の宮古級の揚陸艦か?贅沢すぎるねえ」
そう言うとトリガーを引き絞る。すぐに飛び出した黒い弾丸はそのまま大型揚陸艦の中央部に命中し船は真っ二つになった。
「貞坊……いや安東貞盛大佐。俺は貴様と赤松の喧嘩に手を出すのはどうかと思ったんだが……清原と烏丸。あの二人に政権を渡されると色々困るんだ」
つぶやきながら爆縮を終えたカートリッジを排出して次弾を装てんする。一瞬カートリッジから黒い煙のようなものが流れ出る。その煙が嵯峨の専用機『カネミツ』の表面に陽炎のようなものを浮かび上がらせた。
『後いくつくらい沈めますか?』
吉田からの通信に苦笑いを浮かべる嵯峨。
「あと二、三隻だな。それ以上はさすがの清原さんも俺の存在に気づくだろうしな」
そう言うと装てんしたカートリッジの状況を確認する画面を起動させる嵯峨。
「忠さん。これで負けたら俺は知らんぞ」
嵯峨は静かにそう言った後でタバコを胸のポケットから取り出した。
動乱群像録 73
「『榛名』、『妙高』中破!さらに……」
「わざわざ言わなくても見れば分かる!」
いつの間にか清原は立ち上がっていた。互角の戦いに展開できる、そう考えた矢先に先導艦があらぬ方向から攻撃を仕掛けられた。
「赤松さんは予想がついていたようですね……」
眼鏡の参謀の言葉に首をひねる清原。
「おかしい、そんな……射撃地点は特定できないのか?」
「駄目です!データが少なすぎます!」
オペレータの言葉に歯を噛み締めながら清原は席に着くしかなかった。
「こちらも本腰を据えてかかるべきかと……」
長身の参謀の言葉に頷く清原、だが次の瞬間清原は気がついたように背後に立つ秘書官に声をかけた。
「佐賀君の泉州艦隊があるだろ!連絡をつけろ!できれば直接通信で……」
「足元を見られますよ」
「かまわん!負ければすべてが終わるんだ!」
秘書官を怒鳴りつける清原の姿には冷静さは微塵も無かった。秘書官は慌てて会議室を飛び出す。
「彼の言うことももっともだ。戦後に影響を与えます……」
長身の参謀がそこまで言ったところで言葉を飲み込んだ。悪意に満ちた清原の視線。それこそ自分が戦後に立場を失うだろうと思って口をつぐむ。
「どうしたんだ……赤松はしばらくは撃ってこない。そう言ったのは誰かね……」
周りを見回す清原。彼の目には誰も彼もが自分を裏切ろうとしているように見えた。
「保科公の恩を忘れて暴走する輩がいれば私は決して容赦はしないからな。君達がここにいるからと言ってそれが免罪符になるとは……」
その時船が大きく揺れて叫んでいた清原の体は大きく背もたれに叩きつけられた。
「今度はどうした!」
衝撃にずり落ちた椅子にしがみつく清原。シートベルトをしていたオペレータが焦りつつキーボードを叩く。
「今度は第三艦隊の船頭艦です!」
「何だって!」
清原が叫ぶのももっともだった。すべての第三艦隊の船はアステロイドベルトにある。そう信じ込んでいた参謀や清原達。だがその一部艦隊が下方に展開し射撃を始めていた。
「どうした!監視は何をやっていた!」
「国籍不明の貨物船が浮かんでいるのでそれと誤認したような……」
「そんな詐欺のような真似をあいつがするか!」
清原はようやく椅子に座りなおし帽子を直しながら叫ぶ。実際下方を貨物船が行き来していたのは事実だった。だがレーダーにはそれとは別の三隻の高速駆逐砲艦の姿を映していた。
「慢心があったか……」
搾り出すようにして清原は言葉を吐き出した。周りの参謀達も明らかに動揺した様子で拡大される高速艦の動きに目をやっていた。
「艦載機は戻せんのか?」
「いや、今戻せば中央は完全に抜かれてこちらは丸裸だ」
「だがここで打撃を受ければ立ち直れんぞ」
口々に叫ぶ参謀達。清原はそこで初めて彼等がまるで役に立たない存在だと言うことに気づいた。
「左翼は……羽州艦隊はどうなっている!」
清原の言葉にオペレータが左翼の状況をモニターに映す。そこには明らかに苦戦中の安東のアサルト・モジュール三式の姿が映っていた。
「終わったな……」
あたりに聞こえないようにつぶやくと清原は視線を落とした。
動乱群像録 74
「帰等しろだと!ふざけるな!」
叫んだ安東だがすでに左翼の戦線は切り崩されていた。対艦装備の火龍は多くが落とされ、無事な機体は補給中。自分の機体の火器は弾切れ。サーベルで駆逐艦を大破させるのが精一杯だった。
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直