遼州戦記 播州愚連隊
技術士官の敬礼を返すと明石はエンジン系のモニターを確認した後でコックピットを閉める。閉鎖した空間。かつては死しかなかった実戦に今度は帰ってくることを考えながら座っている自分が奇妙でつい笑みを浮かべていた。
「隊長、何かいいことでもあったんですか?」
そう尋ねてきた若い部下の顔を見て自分がにやけているのに気づいて各計器類のチェックを始める。
「ワレ等と一緒でワシも実戦は初めてやさかい、色々気持ちが落ち着かん言うか……」
「おう、それなら予定通りの後詰を頼むぞ」
すでに旗艦『播磨』のアサルト・モジュールカタパルトで待機している魚住の声にさすがの明石もカチンと来た。
「魚住も死なん程度に気張れや……おいしいところは皆ワイ等がいただくさかいに」
明石の軽口ににんまりと笑みを浮かべる魚住。画面の中にはすでに発艦した別所と黒田の真剣な顔があるだけに実に間抜けに見えて再び明石の頬に笑みが浮かんだ。
「じゃあお先に!」
そう言うとカタパルトに乗った魚住のアサルト・モジュールが射出されていく。
「ほなワシ等も行こうか?」
そう言うと明石もカタパルトに向けて移動を開始する。バックパックを背負った長期戦モードの機内の雰囲気。長距離航行後に敵艦に体当たりすることを目的に作られた特攻部隊の訓練が頭をよぎる。
「隊長、レーザード・フラッグは左三つ巴に二引き両でいいですか?」
ぼんやりしていた明石に恐る恐る高校を出たばかりと言う曹長が声をかける。レーザード・フラッグ。チャフがばら撒かれた戦場では戦国時代の武士を真似るように背中からレーザーで作られた旗指物をなびかせるのが胡州軍では常識となっていた。左三つ巴に二引き両は艦隊司令赤松の家紋。『守護天使』と呼ばれた先の大戦でも活躍した誇り高き家紋である。
「そやな。ワシも初陣やからうちの家紋を使っても安東はんに笑われるだけや。それで行こ」
あっさりそう言うと明石もレーザード・フラッグの設定を行なう。その間にオートマチックで明石と二人の部下の機体はカタパルトに乗っていた。
「いよいよ……か」
感慨深げに明石がつぶやく。その吐息に部下達は大きく深呼吸をして答えた。
動乱群像録 62
「左翼を崩せばそのままアステロイド越しの戦いになる。各員アサルト・モジュールは無視しろ!狙いは船だ!」
小さなデブリをかわしながら進む真っ赤なムカデの描かれたアサルト・モジュール『五式』。その搭乗者は『胡州の侍』の二つ名の安東貞盛。続く部下達の機体と同じくレイザード・フラッグは赤い色の『扇に鷹の羽』。
『あちらも播磨から一個中隊が出撃した模様です』
オペレータのデータを見ながらヘルメットの下の安東の顔は笑っていた。
「別所晋一、魚住雅吉。どちらも学徒兵上がりだが凄腕だからな。期待させてもらおうか」
安東の顔はかつて地球軍の猛攻を生き延びた戦士の顔に変わっていた。
『ようやく清原艦隊からも攻撃隊が出ました』
そんな言葉に安東は眉をひそめた。
「遅すぎるな……デブリ越しの砲撃戦を主体とした艦隊戦なら勝ち目は無いぞ」
部下達に聞こえないほどに小さくささやく。そんな安東の見る先にはいくつもの揚陸艇から光となって宇宙に散る友軍機が見えていた。
『隊長!望遠距離での射撃が可能な地点に到達しました!』
新型駆逐アサルト・モジュール『火龍』部隊の隊長から声がかかる。
「とりあえずけん制射撃を頼む」
再び自分の部隊の指揮に集中する安東。
後方からレールガンの強力な火砲が点にしか見えない敵部隊に撃ち込まれる。それでも散開もせずに第三艦隊からの機体は突入を続けてきていた。
「度胸は十分か。学徒兵とはいえ舐めたら痛い目にあいそうだな」
自分の中のパイロットとしての自負に火がともる。すでに安東は一戦士として敵部隊に突入する覚悟を決めていた。
動乱群像録 63
『隊長!ムカデが!』
「見えとるわい!」
部下の叫びに明石は眉をひそめた。
『この距離で狙撃?いや、こちらの様子を見ているわけやなあ』
明石はそう言うとすぐにパルスエンジンと同時に推進剤に点火して一気に加速をかける。
「相対速度を落としたらあかんで!棒立ち厳禁や!」
『了解!』
訓練の時と同じく明石を真似て二人の部下の機体は加速を始めた。
『タコ!抜け駆けか!』
魚住の苦虫を噛み潰した表情に得意げに笑みを浮かべる明石。先頭を切る別所隊までの距離が一気に詰まる。
「各員このまま展開!止まったら喰われるで!」
明石はすぐに別所を追い抜くとその上方に動いた。
『明石、相手はあの安東大佐だ』
「なんや、別所の旦那ともあろうものが臆病風かいな……!」
軽口を叩こうとしたと単に目の前をレールガンの望遠射撃が掠めて明石の笑みが凍った。
『いきがるのは戦場に到達してからにすべきだな』
黒田の言葉にモニターの中で魚住が大きく頷く。
「まあ見たってくれや。ワシが伊達に一度死んだ人間やと思い知らしたるさかい」
そう叫ぶと覚悟を決めたと言うように明石はパルスエンジンを限界出力へとあげた。
動乱群像録 64
「予定通り羽州分遣艦隊が第三艦隊左翼と衝突しています」
ブリッジではなく会議室に並ぶ清原派の参謀達。モニターを眺めていた士官の言葉に静かに清原は頷いた。
「佐賀君はどうかね?」
眼鏡の参謀はそうつぶやいた清原に渋い顔をした。
「現在一部艦船にトラブルが発生したとの連絡を受けています。そのせいで予州と肥州の同志が到着するのが遅れるらしく……」
「邪魔をしに来たのか!高家は!」
恰幅のいい参謀が机を叩く。戦場を映し出すモニターには主力が現在アステロイドのデブリの薄い右翼に展開しながら第三艦隊を包囲しようとしている様子が映っている。
「まあいいじゃないか。敵からの砲撃は無い……これなら我々の勝利は確実だ」
「そうかな?」
笑顔を浮かべていた頬に傷のある佐官の言葉に清原は首を振った。
「ですが……すでにアサルト・モジュールの展開が始まった以上あちらも砲撃戦を避けてくるのは間違いないかと思うのですが……」
「推論でものを言うものではないね。相手は赤松君だ。奇策を何か使ってくるかもしれない」
そう言うと手元のボードを捜査してモニターに赤いラインを引いた。デブリが比較的薄いライン。間違いなくそこにすでに第三艦隊のアサルト・モジュールが展開していてもおかしくない場所だけに参謀達は清原の考えにため息を漏らした。
「このラインの制圧をしてから艦船を突入させようじゃないか。障害物がなくなれば数の違いは間違いなく彼等を絶望させることになる」
清原の笑みに参謀達は感服して会議室の張り詰めた空気は少しずつ緩んでいった。
動乱群像録 65
「距離をとれ!」
明石が叫ぶのと同時に目の前でレールガンの弾丸が真空で炸裂する。
『チャ……フ……』
部下との通信が途絶える。強烈な指向性ECMが一瞬明石の操る三式のモニターの乱れを誘う。
「格闘戦に持ち込む気か?」
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直