遼州戦記 播州愚連隊
次の瞬間には今度はミサイルが前面の空間で炸裂。レーダーがすぐに機能停止をする。明石はそれでも突入をやめなかった。
『今回は死ぬ気は無い……やけど死んでいった仲間の面子もあるからのう』
自分の額に汗が浮かんでいるのが実感できる。そのまま明石の機体は一気にばら撒かれたチャフの雲を抜けた。
すぐさま飛び込んできたのが赤いムカデのエンブレムと檜扇のレーザード・フラッグ。そしてサーベルが明石の機体の目前を掠めた。
「やられた!」
明石が叫んだのも無理は無かった。五機のムカデのエンブレムの三式に明石は取り囲まれていた。
「偽者か……でも位置が悪いな」
完全に包囲しているだけに火器が使えない敵に明石はレールガンでまず正面の三式に照準を合わせる。
『隊長!』
「来んでええ!罠や」
チャフの雲を避けて左翼に動いた部下の機体が一刀両断された。
「安東はん!」
部下の死を目の当たりにしてついレールガンの照準が外れて安東貴下のムカデの五式を大きく外れてレールガンの弾丸が通り過ぎるのが見えた。
『タコ!熱くなるな!』
魚住の声がヘルメットの中に響き渡って明石は冷静さを取り戻した。包囲している敵部隊をもう一度にらみつけてみる。どれも明らかに連携がおかしいことにすぐに気づいた。
「促成栽培に喰われたる訳にはいかんのう!」
すぐに初弾を外した敵に照準してトリガーを引く。まるで吸い込まれるようにコックピットに着弾したレールガンの弾道を確認するとすぐさまその後ろから現れた敵にも照準を絞る。
『俺ももらうぞ!』
今度は黒田の叫び。狙いをつけていたムカデのエンブレムの敵機に上方から連射が注がれすぐに敵機は大破していった。
「人の獲物を横取りすんなや!」
すぐさまサーベルで明石のもう一人の部下の三式の右手を切り落としていた敵のコックピットにレールガンを撃ちこむ。
『隊長!殺す気ですか!』
「ええやん、ワレはちゃんと生きとるぞ」
にんまりと笑う明石だがすぐに意識は先ほどちらりと見えたやけに動きの良い五式に向いていた。
『胡州一の侍。喰ったるで』
ようやく回復したレーダーを見て戦闘がかなりの乱戦になっていることがすぐに分かった。そして二機のすばやい動きの機体があることがすぐに見て取れた。
「別所がおいしいところを喰う気か?ええ度胸や」
そう叫ぶとすぐさま直線距離で一番近い敵の首をサーベルで落としてそのままアポジモーターに火を入れた。
動乱群像録 66
「なんだ!」
安東は後方に気配を感じてレーダーに目を移した。目の前のかなりのやり手のパイロットの操縦する三式相手に手間取っているところに敵は増やしたくなかった。
『任せてください!』
若い声が響いた。本来なら止めるべきところと思ったがそれどころではなかった。
『俺も焼きが回ったか……』
目の前の赤松家の家紋の左三つ巴にニ引き両のレーザード・フラッグの三式にはまるで隙が無かった。明らかに大戦を生き延びた古強者の風格がそこには見て取れる。
「第四中隊!そのまま前進して退路を絶て!何とか時間を稼ぐんだ」
安東の言葉に後方で待機していた駆逐アサルト・モジュール部隊と旧式の97式改で構成された予備戦力が動き出した。
「目の前にとらわれるか全体を見れるか。相手のパイロットの技量が分かるな」
至近距離となりレールガンを投げつけてサーベルを抜く敵パイロットの思い切りの良さに感心しながら安東は笑みを浮かべていた。
『駄目です!側面から狙撃され……ウワ!』
突然の通信に安東にも冷や汗が流れた。そしてある程度の技量の目の前の部隊長らしいパイロットがここにいて安東の相手をしていたのは戦力を迂回するだろう安東の作戦を読んでいたことに気がついた。
「そのまま最大速度で突っ切れ!敵艦の射程まで届けば動かなくなる!」
そう叫ぶのが精一杯だった。すでに二合斬りあって相手が自分とほぼ互角の腕前だと気づき、そしてその機体に左三つ巴のエンブレムがあるのを見つけると安東は笑みを浮かべた。
「さすが海軍教導隊の切れ者別所晋一ってところか?」
安東の頭はすでに部隊指揮官としてでは無くパイロットの意識に切り替わっていた。
動乱群像録 67
「左翼に明らかな裂け目を作って……貞坊なら間違いなく食いつく。ワシも人が悪いねえ」
ブリッジで各部隊の戦闘の模様を見ながら赤松は笑みを浮かべていた。敵の本隊の数に押されているもののすべてが赤松の予想した通りに展開していた。左翼にわざとこの旗艦『播磨』を囮として展開すれば気の短い安東は自ら出撃して沈めにかかるのはよく分かっていた。
中央の艦隊が先に艦載アサルト・モジュールを使い切るように出撃させたのは敵の揚陸艦にはろくな対艦兵器が搭載されていないことを見込んでの行動だった。状況はアサルト・モジュール部隊が補給のために引き返したところで主砲の一斉掃射を行なうことで敵艦を撃滅するというシナリオどおりに話は進んでいる。そして後方でこの旗艦『播磨』目指して進んでいる佐賀高家の泉州艦隊には戦意が無いこともすでに明らかだった。
「陸軍はやはり所詮は大気圏内の軍隊ですな」
眼鏡の参謀の言葉だが赤松は油断をする気はさらさら無かった。
安東の部隊は確かに現在この『播磨』の艦載機部隊を指揮している別所晋一のおかげで何とか安東隊と互角な戦いを展開している。だがそれがいつ崩れても不思議でないことは赤松が一番よく分かっていた。安東の暴走を誘う為に護衛の艦は巡洋艦が二隻。しかも旧型の巡洋艦には各三機のアサルト・モジュールしか搭載ができず、しかも最新式の三式ではなく急場しのぎの97式改だけという有様だった。
『後は若いのが決めてくれるんちゃうのん?』
会議の際に赤松のその一言でこの奇策は実行に移された。
「佐賀さんがどう動かれるかですな」
参謀の一人の言葉に艦隊司令の椅子に座って頬杖をついて眺めている赤松。
「人の手柄を当てにして作戦を立てる……ワシも小さな男やなあ」
そう言って見せた赤松の頬に笑みが浮かんでいることは周りの参謀達には気づかれることが無かった。
動乱群像録 68
『弾切れだ!帰還する!』
別所の叫びに明石はにんまりと笑った。敵影。明らかにその俊敏で的確な機動は『胡州の侍』安東貞盛のものだった。目の前でそれを見れば明石の闘争本能に火がついた。
『時間を稼ぐだけでいいぞ!』
退却のために大量のチャフと指向性ECMをかける別所の機体に変わり明石がムカデのエンブレムの前に立った。
『これで勝てれば大金星やな』
自然と笑みが浮かんでくるのが明石にも分かった。現在魚住は羽州艦隊に同調して動いてきた越州分遣艦隊のアサルト・モジュール群と交戦中。ロングレンジ仕様の機体の黒田が出てくる心配も無い。
「ワシの名前も上げさせてもらいまっさ!」
そう言うと早速レールガンを投げ捨てて毒々しい赤い色の安東の五式に斬りかかる。まるでそれを待っていたかのように安東もライフルを投げ捨て剣を抜いた。
『なかなか興味深いな!君は』
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直