遼州戦記 播州愚連隊
その動作に明石は別所もまた先の大戦で人生を狂わされた被害者であることを思い出した。そして同世代の他の艦のアサルト・モジュール部隊の部隊長達もそんな一人なのかと思うと次第に目頭が熱くなった。考えてみれば別所も魚住も戦争が無ければたぶん球場で何回か話をしたくらいでこれほどまでに近しい存在にはならなかっただろう。別所は父の跡をついで病院の内科医になり、魚住は商社か何かのサラリーマンになっていたことだろう。自分も宗教学者が務まるほどでは無かったので実家の寺で読経の日々を過ごしていたはずだった。
しかし戦争はすべてを変えた。
三人はそれぞれ第三艦隊の最前線に有って指揮を執る旗艦『播磨』の最前線部隊を指揮することが決定していた。お互い命を預けての戦いになるのは目に見えていた。
『俺達と同じような物語があいつ等にもあるんやろか?』
黙って明石は周りの熱心に作戦の要綱を伝える別所の言葉を聴いている指揮官達を眺めている。
「ぼんやりしてるんじゃないぞ!タコ」
あまりに別のことを考えていた明石に別所の投げたペンが飛んだ。それをすばやく交わすと明石はしてやったりというようににんまりと笑っていた。
「それでは健闘を祈る」
そんな別所の言葉に明石はペンをよけた感覚で目を覚ましたように顔を上げた。他の艦から出撃する部隊の隊長達は足早に会議室を出て行く。
「そんなに眠いのかよ」
ぼんやりとした顔の魚住。その隣では不思議そうな表情の黒田が明石の顔を覗き込んでくる。
「すまんのう。ワシはどうかしとるかもしれんわ」
そんな明石の言葉に魚住は不思議そうな顔をした後で立ち上がる。
「相手は『胡州の侍』安東貞盛大佐殿だ。そう簡単に話が済むはずはないからな」
立ち上がり伸びをする魚住。邀撃部隊の経験のある彼はある意味達観したように大きくあくびをする余裕があった。
「なんや、落ちついとるやん」
「まあな。生きて帰れるかどうかはわからんが今のところ俺の神経はまともらしいや。それより貴様はさっきから変だぞ」
再び自分のことを魚住に指摘されて明石は覚悟を決めたような表情で立ち上がる。二メートルを超える巨漢の明石が立ち上がると慣れているとはいえ小柄な魚住はのけぞるように反り返る。
「明石、一つだけ助言をしてやるよ」
明石が立ち上がるのを見ると、艦隊付きの参謀と打ち合わせをしていた別所が駆け寄ってきてニヤリと笑った。
「なんやねん。気持ちわるいなあ」
そう言って胸のポケットからサングラスを取り出した明石を見上げて再び別所は笑みを浮かべる。
「これは一番大事なことだと俺は思っているんだ」
「だからなんやねん」
なぜか別所の態度に明石はいらだっていた。それが初の実戦を前にした苛立ち妥当ことは明石も分かっていた。そしてそんな苛立ちを読み取らせまいと必死に強気な表情を作り上げようとするがどうせ別所にはばれるだろうと諦めた瞬間だった。
「英雄になろうとしないことだ。相手は強い。元々技量の差が大きく出るアサルト・モジュール戦じゃあ安東さん相手には勝ち目は無い。とにかく生き残れ」
そんな言葉に少し違和感を感じながら明石は手を振って会議室を後にした。
動乱群像録 59
羽州艦隊旗艦『羽黒』は出撃準備に追われていた。
「全アサルト・モジュールの出撃準備まであと二時間になります」
艦長で司令官の秋田義貞の言葉にパイロットスーツ姿の安東貞盛は大きく頷いた。
「時間的には余裕があるな。忠満のことだ。俺がじきじきに出ることくらい予想はついているだろう」
そう言うとヘルメットを被り静かにモニターの中のせわしなげに整備員の走り回るハンガーを見つめた。
「ですがこの数での攻撃……本隊が来るまで待ったほうが……」
「それならいつまで待てばいいのか示してくれないか?」
厳しい調子の安東の言葉に秋田は少しばかり戸惑った。部下思いで人望のある主君の姿は本隊を待つ間に消えかけていった。佐賀艦隊が事実上動きを止め、清原が指揮する揚陸艇の部隊はそれを気にして足をとめていた。しかも赤松の第三艦隊はアステロイドに隠れて身を潜めて決戦を待ち続けている。
『時間が経てば同盟や地球の艦隊が動く……その前に勝負をつけるしかない』
そう繰り返しながらまるで言うことを聞くつもりの無い清原の取り巻きにいらだちながら日々をすごした分だけ主君の心が荒れていくのは秋田も我慢できない話だった。
「それと今なら赤松さんに投降……」
そこまで言うと秋田は殺気を込めた目で安東ににらまれていた。
「それ以上言うな。この場で反逆罪で処刑されたいのか?」
本来ならそんな言葉を口にしないはずの安東。静かに秋田は沈黙して周りの将兵を見回した。
誰もが黙り込んでいた。彼らの多くは庶民の出だった。清原の理想などまるで得にはならないと言うのに安東の人望を慕ってついてきた兵士達の表情にも疲労の色が見える。
「とにかく我々は勝つしかない。それも一撃でだ」
そう言うと安東はヘルメットの顔を覆うシャッターを下ろした。
「そうですね。勝つしか……」
秋田はそう言うと艦隊司令の椅子に座ってまっすぐモニターを見つめる。
「よろしく頼む」
そう言い残して安東はブリッジを後にした。
動乱群像録 60
「羽州艦隊が突出し始めました、左翼に展開する模様です」
情報士官の言葉に赤松は静かに頷いた。第三艦隊旗艦『播磨』のブリッジ。彼の座る艦隊司令の椅子の前には近辺の宇宙の海図が浮かび上がっていた。
「貞やんも苦労症やなあ。清原はんは動き出したばかり……孤立しても知らんでほんま」
苦笑いを浮かべる赤松の余裕は他の参謀達の厳しい表情とはまるで違った色をかもし出していた。
「ですが本隊が到着すればこちらは倍の敵を相手にすることになりますが……」
「倍?」
眼鏡の参謀の言葉に不思議な生き物を見るような表情で見つめる赤松。
「佐賀高家候をお忘れですか?」
うろたえてそう答えた参謀の言葉に赤松は笑い始めた。次第にその笑い声は大きくなり、周りの参謀達はお互い顔を見合わせて上官の奇行を眺めていた。
「あの御仁にそないな度胸は無いんとちゃうか?確かに貞坊が動き出してから慌てて展開を始めたが……邪魔になるだけやてあれじゃ」
清原の陸軍揚陸艇の群れの後ろに展開する佐賀の泉州艦隊を指差す赤松。だがそれだとしても戦力では清原達『官派』が上回っていることは誰もが知り尽くしていた。
「こちらは訓練ですべて阿吽の呼吸で動ける一個艦隊や。それに対してあちらさんは寄せ集めの烏合の衆。負ける要素がどこにあんねん」
周りを見回す赤松。その目の前の羽州艦隊に赤いランプが光る。
「羽州艦隊!アサルト・モジュールが発艦した模様です!」
オペレータの声に赤松は頷く。そして目を左翼の艦隊のしるしに向けた。
「これは出てやらなあかんな。うちのアサルト・モジュールを全部当てたれ」
それだけつぶやくと赤松はニヤリと笑って椅子に寄りかかり伸びをした。
動乱群像録 61
「完了です、御武運を!」
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直