遼州戦記 播州愚連隊
現在遼州系第四惑星胡州の各地で彼等の同志の部隊が宇宙に上がっていた。この四条畷港も民間のシャトルをすべて運休させて廃棄処理待ちの旧型戦艦にアサルト・モジュールを満載して宇宙に上がるのを待っている段階だった。すべては順調に進んでいる。そんな段階での失点に不安が広がるのは目に見えていた。だが確実に清原の同志達は集結を始めていた。烏丸家の被官ばかりではなく地下佐賀家、池家と言った嵯峨家の重鎮や大河内家の片腕として知られる里見義和の第八分遣艦隊なども清原に賛同して胡州衛星軌道上の西園寺派と目される艦船の一斉拿捕を行なっていた。
「そんなことを言うとは……安東君。まだ踏ん切りがつかないかね」
それ以上に軍への復帰に手を尽くしてくれた恩人の清原の言葉に安東は唇を噛んだ。安東の忠節すら信用をしない清原。穿って考えればその言葉からすると清原は自身の保身のために戦いを選んでいるのかもしれない。そう思うと安東は自分が憎らしく感じられた。
恐らく烏丸派が勝ったところで腐敗した貴族制がいつまでも維持できないことは誰の眼にも明らかだった。清原も十分知っていることだが、地球のアメリカをはじめとする国々は烏丸派のクーデターを一斉に非難た。カナダなど大使の召還を始めた国もヨーロッパを中心に20カ国に及ぶ。国内的にもこの決起により先の大戦で凍結されている対外資産についての絶望的展開から産業界は烏丸派への支援を止めると言う脅しを非公式に打診してきていた。
『負けても地獄。勝っても地獄だ』
安東の心の声が聞こえたと言うように憔悴しきった清原が顔を上げる。
「どうなのかね」
清原の諦めかけた顔。だが、安東はすでにすべてを決めていた。
「私の答えはいつも決まっています。大恩ある……」
「いや、いい。君はそれでもいいだろうが君の部下達はどうなのかね?秋田君や安倍君あたりはおおっぴらに私の悪口を言って回って……」
そこまで清原が言ったところで安東は大きく机を叩いた。
「清原さん!そんなことを言っていられる状況なんですか!」
突然の部下の怒りに清原は目を丸くした。そしてしばらく満遍なく安東を眺めた後大きく深呼吸をした。
「安東君。君も胡州の軍人だろ?上官に意見するときの作法も覚えておくべきだと思わないかね?」
そう言うとそのまま後ろを向いた清原に大きくため息をつくと安東は参謀控え室を飛び出すように出て行った。
「安藤君もまだまだだな。戦力では互角以上。しかもあちらは本隊の醍醐君は南極港を使うことができない……戦いは数だ。勝ちは決まっているんだ。あとは戦後の交渉を進めるばかりじゃないか」
清原はそう言うとデスクに向き直り資料を集めようと端末を起動した。そしてすぐに部屋には静寂が訪れることになった。
動乱群像録 34
「どうだ……どれだけ集まった」
それほど広く無い帝都の近郊にある胡州下河内基地の司令室に醍醐は身を潜めていた。本来連隊規模しかいないはずの陸軍基地は陸軍、海軍両軍の兵士が官派決起の際には予定していた通りこの基地へと集結していた。そこで醍醐はひたすらすすっていたラーメンのどんぶりから顔を上げて目の前の連隊長の小見中佐に顔を向けていた。
「現在胡州の基地の四割はうちが我々に同調することを表明しました。あちらが抑えてるのは二割。まあ問題は宇宙に上がる手段を清原一派に握られていることですが……」
その言葉に頷く醍醐。彼は清原達の決起が近いと知ってからすべて準備を整えてこの内紛に備えていた。下河内連隊は元々混成連隊として嵯峨惟基が立ち上げた部隊。上層部には醍醐の顔が利いた。
「しかし……あちらも大変でしょうね。うちにも下士官クラスで烏丸さんの所から寝返ってきた兵隊がたくさんいるもんで正直困っているくらいでして……」
准将の階級章をつけた髭の陸軍士官が笑う。
「烏丸さん達の兵隊は士気が低いですからねえ……って最初から自分達の利益にならない公約をバンバン掲げている連中と心中するほどお人よしは多くないと言うことですよ」
そう言うと醍醐は仕上げとばかりに湯飲みのお茶をすすりこむ。彼が食事を終えると各部隊の指揮官達は満面の笑みで彼の言葉を待った。そこには活気があった。その活気が醍醐には非常に心地よいものに感じられて自然と表情が緩む。部下達はとりあえず醍醐が情報を待っていると知るとすぐに話を始めようとする。醍醐はそれを精すると一番身近にいた小見に目を向けた。
「兵力では勝っているんですが……主戦場が宇宙となると状況はいささか不利ですね。宇宙に上がるには四条畷か極地港でないとアサルト・モジュールで宇宙戦争ができる船は扱っていないですから……中小の港から断続的に小型艦を上げると言う手もありますが危険が多すぎて……」
小見の一言に醍醐は頭を掻く。
「四条畷は今は清原さんの直系の部隊が十重二十重で守りを固めてるはずだ。さすがにあの部隊とやりあうには戦力が足りないなあ……」
「醍醐さん。極地の池さんには?」
小見の言葉にがっかりしたように肩を落としながら見上げる醍醐。その姿が滑稽で隣の陸軍准将が噴出していた。
「小見君。池の野郎の頭の固さは有名だからな。清原さんのことは嫌いだろうが保科さんの遺志を継ぐとなれば話は別だ。保科さんには色々お世話になった池のことだ。簡単にはいかないぞ」
そう言うと醍醐は外の喧騒を見上げるべく立ち上がった。
「一分一秒が惜しい。早速打って出る。各部隊に通達を」
醍醐の言葉に士官達はそのまま立ち上がり帰りを待っている部下の下に散った。
「勝てますか?」
「勝たなきゃ終りだ。それはあちらも同じだろうがね」
小見の問いに醍醐はそう答えると胡州の赤い空を見上げて大きくため息をついた。
動乱群像録 35
「結局戦争かよ」
「戦争やないで、内乱や」
明石の私室で愚痴る魚住に明石が突っ込む。中隊長の私室と言ってもそれほど広くはない部屋。ただでさえ巨漢の明石の他に三人も集まれば狭苦しくも感じられた。持ち寄った酒とつまみを手に沈痛な面持ちで四人は飲み続けていた。
「これが胡州の現実という奴だろうな。貴族制と言う体制をどう評価するかで国が真っ二つに割れる。いつかは経験しなければならない事実だ」
あっさりそう言ってウィスキーを喉に流し込んだ別所を見て黒田は苦笑いを浮かべる。
「俺達は全員爵位持ちだからな……魚住。お前の親類はどうなんだ?帝都は烏丸さんの影響が強いんだろ?」
黒田も人造人間の出自だが、赤松の口ぞえで海軍士官だった嫡子を亡くした泉州の黒田家の末期養子として爵位を得ていた。四人とも貴族の出であり貴族制の恩恵を受けている事実は否定できないことだった。指摘されて苦笑いを浮かべながら魚住が口を開く。
「ああ、多分ほとんどは清原さんの部隊にいるんじゃないか?元々俺は馬が会わないから顔を出さないけど……と言うか陸軍の大半は清原さんか佐賀さんの下にでも付いたほうが多いだろうな」
そう言って魚住は酒をあおる。そのやるせない笑いは一族と対決することになる彼の運命を暗示しているように見えた。
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直