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遼州戦記 播州愚連隊

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 笑みが浮かぶ。自分の残酷さに気づいて少しばかり嫌になる要。三歳で生身の体を失って大人の義体をあてがわれて生きてきた彼女。胡州貴族の頂点に立つ四大公家の筆頭、西園寺家の一人娘と言う立場から人の目を気にして生きてきた自分。そんな自分を本来の自分にしてくれたのが軍の訓練だったのは意外なことだった。
 父も、恐ろしい母も彼女の軍の予科学校への進学には反対だった。だが、彼女は反対されればされるほど軍に志願したいと言う気持ちは高まった。屋敷に出入りしている醍醐文隆などの軍の幹部にねだってなんとかあこがれていた叔父嵯峨惟基の入った予科学校に入学した。
 日に日に訓練と言う名の暴力になじんでいくうちに悟ったこと。自分がどれほど攻撃的な人間だと言う否定できない事実。それを悟った今、要は目の前のベテランパイロットが旧式の機体の性能に悪態をつきながら自分から逃げ惑っていることを想像して笑いをこらえていた。
「さあて。どこまで逃げれるかな?小娘相手だと油断していたんだ。簡単に殺すようなことはしないからさあ……出てきて遊ぼうじゃねえの」 
 熱センサーはそのまま公園の森の木をなぎ倒しながら進んでいる標的を示している。今撃てば相手を蜂の巣にできると確信しているが要はまだ敵の止めを刺すつもりは無かった。上空に決起部隊の信号を出しているヘリが現れる。
「ずいぶんと用意がいいことで」 
 そう言うと要は機体をジャンプさせた。そのままヘリの操縦席を五式の空いた左手を使って握りつぶす。
 友軍のあっさりと無様に死ぬ様を見てようやく三式のパイロットの頭に血が上った。レールガンの掃射が行なわれようとしているが、その照準はすでに要の首筋に刺さったコードを通じて彼女の意識の中に取り込まれていた。ひたすら引き金を引きながら弾が出ないことに焦っているだろう敵パイロットを想像して大笑いする要。
「相手が悪かったな……」 
 そう言うと要はレールガンを放つ。森の中に立つ三式の頭部が吹き飛ぶ。そして右腕、左足、右足、左足。一発ずつ正確に命中する弾丸。すでに脱出装置のシステムにはウィルスが仕込んであり、死に行くのを待つだけのパイロット。
『卑怯者が!』 
 傍受した通信に最後に叫んだベテランパイロットの叫びに悦に入りながら要は三発の弾丸を腹部のコックピットに命中させて決着をつけた。


 動乱群像録 32


「動きがあるようですね」 
 門の前に座っていた西園寺康子は静かに立ち上がった。杖のように傍らに構えている大きな薙刀に取り囲む決起部隊のサーチライトが輝いて見えた。兵士達は常に照準を康子に向けられるようにそれぞれに覚悟をしながら輸送車両から降りてからずっと命令を待ち続けていたが、数人の下士官が指揮車両に向かって駆け出しているのを見逃さなかった。
「誰か!」 
 振り返って一言言うと女中が一人恐る恐る康子の傍らまで歩いてきた。おぼつかない足元と真っ青な女中の顔に思わず噴出しそうになりながら康子はその肩を叩いた。
「まもなく醍醐さんの手の迎えが来ます。準備をするように」 
「で?……お……奥様?」 
 女中は兵士達のライフルと康子の薙刀を見比べて大きくため息をつく。
「心配には及びません。私が父から使うなと言われた力を使えばあの程度の手勢は数に入りません」 
 きっぱりとそう言い切る康子に女中は納得できないような顔をした後、ちらりと兵達を一瞥して門の中に駆け込んだ。
『西園寺卿に告ぐ!』 
 指揮車両からこれで七回目の降伏勧告が行なわれようとしていた。だがその音量は小さく明らかに何かが起きたことを康子に確認させる意味しか持たなかった。
『これより五分以内に投降しない場合には今度こそ武力行使に写らざるを得ない!速やかに門を開け投降するように!』 
「無駄なことはやめたほうがいいのに」 
 すぐにつぶやいて薙刀の刃をじっと眺めている康子。兵士達は彼女の余裕を理解できずにただ発砲命令を待っていた。それでも康子が表情一つ変えないところで数人の兵士達はその異常さにささやきあい不安を隠せずにいる。強行突入を前に士官達が戻ってきて再び静寂が闇夜を支配する。そんな状況でかすかだが遠くで砲声が響いた。
「始まったようね。先手必勝で行きましょうか」 
 そう言うと康子はすぐさま精神を集中して両手でしっかりと薙刀を握って振りかぶった。
「え?」 
 兵士の一人がそうつぶやいたのも当然だった。彼の視界から急に康子の姿が忽然と消えたのだから。そして後方で血飛沫を浴びて倒れる戦友。
「なんだ!どうした!」 
 士官は叫んだ瞬間にその首が消し飛んでいた。
「ごめんなさいね。皆さんに恨みがあるわけでは無いですけど」 
 邸宅に砲を向けていた装甲車の上にいつの間にか康子が立っていた。兵士達は銃を構えるのも忘れて呆然と康子の血に染まった紫小紋の留袖のたなびくのを眺めていただけだった。
「でもまだ戦いをお続けになるのが兵隊さんですものね」 
 四輪駆動車に乗っていた機関銃手が銃口を康子に向けようと手を動かした。次の瞬間には康子は消え、彼の両腕も鋭利な刃物で切り取ったように車内に転がった。
「撃て!いや撃つな!味方に当たる!」 
「撤退だ!撤収!」 
 将校達は混乱して部下達に向かってわめくだけ。兵士も誰も銃口をどこに向けたらいいのか悩むようにあちこちを見回っている。
「屋敷を撃て!こうなれば道連れ!」 
 そう叫んだ佐官の腹部が一撃で切り裂かれる。
「お屋敷に攻撃なんてしたら命がいくらあっても足りないですわよ」 
 どこからとも無く聞こえる声。兵士達は恐慌状態で右往左往する。その間にもあちこちで兵士の首が落ち、腕がちぎれ、足が切り取られる。
「助けて!」 
「うわ!」 
 普段なら、もし相手が銃を構えた普通の兵隊なら戦力差も気にせず吶喊攻撃も辞さない胡州の兵士も見えない敵の存在にただ慌てふためくばかりだった。そして逃げ出した彼等に車載機関銃の掃射が届き始める。
「ああ、早かったみたいですわね」 
 近衛師団の車両が到着したときには西園寺邸の前の道路はぶつ切りにされた兵士の死体と、手足を失ってもがく烏丸派の生き残りの兵士と血まみれで微笑んでいる西園寺康子の姿があるばかりだった。



 動乱群像録 33


『以上が帝都の現状に関する報告になります!』 
 戦艦『伊勢』。大戦後の軍縮協定で廃棄されることが決まり解体を待っていた旧世代の戦艦の参謀控え室。端末に写った帝都の通信将校の顔が消えると清原は渋い表情で机越しに立つ安東の顔を見上げた。西園寺基義の身柄の拘束はすべての作戦の中でも重要度が高く確実性のある作戦と誰もが思っていた。それが水泡に帰した現状は第三艦隊追撃に向かう官派の幹部達の士気を一気に削ぎかねない事態だった。
「西園寺康子様……『法術』の存在を知っていれば十分予想された事態だと思うのですが……」 
 安東の表情を殺した言葉が気に入らず、清原はそのままうつむいた。
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直