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遼州戦記 播州愚連隊

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 第三艦隊が越州ににらみを利かせながら帝都に反転しているのが現在の状況だった。四人ともできるなら今すぐにでも跳躍航行で胡州近辺まで艦隊を勧めて宇宙に上がったばかりの清原の軍の本隊を叩きたい気持ちはあった。だが宇宙の軍艦の航行を定めた東都条約で惑星軌道上への軍艦の跳躍航行は禁止されていた。そしてそう言うことを守らなければ地球軍や同盟軍がてぐすね引いて介入の機会をうかがっている現状を悪化させかねないことも知っていた。
「それにしても……いらいらするな!」 
 魚住はたまらず立ち上がり何度かファイティングポーズをとった後でパンチを何も無い空間に放つ。
「止めとけや。疲れるだけやろ」 
 そんな明石の言葉に諦めたような顔を浮かべて魚住が椅子に座る。
「でも魚住の気持ちも分かるぞ。俺の部下の連中も開戦を決意したときは盛り上がったが今となっては親類を敵に回すのがわかってどんどん士気は落ちているところだ。これじゃあ戦いにもならないぞ」 
 黒田はそう言うと上目遣いに黙ってウィスキーをなめている別所を見上げた。
「戦争?内戦?お前等覚悟をしてなかったわけじゃないだろ?」 
 そう言うと遠いところを見るような目をする別所。明石は彼のことが今ひとつ判らずに行った。自分や魚住は文科系の大学生だった。そして仕方なく出征を命じられ戦火の中に飛び込んだ。黒田も人造人間の製造者の目的に沿って軍に適応するように作られた。だが別所は違った。
 帝都病院の院長の息子。実業義塾大学医学部のエリート。どちらにしても戦争とは縁遠い有為の人材のはずだった。軍に入るとしても軍医が最適と目される階層である。だが別所はパイロットとしての道を選んだ。深く突っ込んだことはさすがの明石も尋ねたことは無い。しかも終戦後に一時的に軍を休職して休学していた大学もすでに卒業し、インターンを済ませてから軍に舞い戻ったと言う話を聞いたときは呆れてものが言えなかった。
「別所。お前はそないに戦争が好きか?」 
 明石の言葉ににんまり笑い殻になったショットグラスにウィスキーを注ぐ。
「戦争が好きか?俺は好き嫌いで仕事を選ぶつもりはないよ」 
「本当か?そんな悪い顔して言えることかよ」 
 ふざけた調子の魚住の言葉にもただ済まして酒を舐めている。
「まあ……あえて言えば俺は大医になりたいと言うところかな」 
 再び三人をだまそうと言うような表情で天井を見上げる。
「大医……国を直す医師になるか。ずいぶん大きく出たじゃないか」 
 あまり酒の強くない黒田はそう言うとすでに烏龍茶に切り替えてするめを咥えている。
「まあな。実は俺は気が短いんだ。目の前の患者一人一人を治す。そりゃあ立派なことで賞賛に値するいい仕事だ。そういう医師を助けるために研究を続ける。これもまた立派。そういう人材は大歓迎だ。だが俺はどちらも勤まりそうにない。その病んでいる人達がなぜ病むかが気になる。貧しい人がなぜ貧しいか気になる。そうなると政治家になるのが一番だが、上流貴族や組織の重鎮がトップを占めてる政界じゃあ俺のできることなんて何も無い」 
「だから軍か……なんや結局力任せかいな」 
 絡む明石に再び別所は天井を見上げた。
「こいつ酔うと天井ばかり見よる」 
 大学野球時代には投手の癖を見抜くのが得意だった明石はそう思いながら自分のコップに安い日本酒を注いだ。
「だが晋一。そういう風に割り切って本当にいいのか?」 
 突然普段無口な黒田がそう言ったので明石は驚きの目を向けた。赤みがかかった髪を短く刈り込んだ頭とがっちりとしたローマの彫像を思わせる鋭い鷲鼻と眼光に、別所はしばらくぼんやりと突然の発言に呆然とするように見つめ返していた。
「割り切るも何も……」 
「人が死ぬんだぞ……。俺はいいんだ。戦争で死ぬために作られた存在だからな。だが貴様等は違うだろ?」 
「黒田よう。お前と俺らは生まれ方が違うだけだぜ。死んでかまわないなんて思っちゃいねえよ」 
 魚住がたしなめるように黒田の肩を叩く。黒田が人の手で作られたのは誰もが知っていることだったので明石も大きく頷く。
「そやな。自分を死ぬために作られたなんていいなや。それを言うたら人間みな死ぬにきまっとるやないか」 
 明石はそう言うと自分の空になったコップに酒を注いだあとそのまま瓶を黒田に向ける。
「飲みがたらんのやろ?ほら」 
 向けられた酒瓶に自分の半分くらいしか飲んでいないコップを差し出す。明石はそれになみなみと酒を注ぐがわずかにこぼれそうになって黒田は口で酒を迎えに行く。
「誰もが予想していながら避けることができなかった戦いか……まあ戦争なんてものはみんなそんなもんなのかもしれねえな」 
「おう、哲学者気取りか?」 
 明石と黒田のやり取りにニヤリと笑う別所。それを黒田が先ほどのようなとがめるような視線で見つめている。
「この国の貴族制はそこまで根深いと言うことだ。たとえ俺達が勝って、烏丸卿や清原さんが政治や軍から追い出されても状況はそう変わるもんじゃない。西園寺さんも急な改革で貴族特権の剥奪をやれば政権がつぶれるくらいのことは承知しているはずだ。赤松の親父もそうだ。軍での平民の出世はある程度許すだろうが同程度の評価をすれば軍の多くを占める士族達が何を始めるかわからん」 
「それでもやるのか?」 
 一通りしゃべった別所に黒田が訪ねる。
「それは俺の決めることじゃない。赤松の親父は腹をくくった。これからは俺等は生きて勝利を勝ち取れるように励む意外に何もできないだろ」 
 あっさりそう言うと別所は手にしたショットグラスのウィスキーをあおった。
「つまらねえ事はいいや、とりあえず飲むからな」 
 魚住は剃りあげられた明石の頭を撫でながらつまみの烏賊ゲソに手を伸ばした。


 動乱群像録 36


「ようこそ!軌道上コロニー豊州へ!」 
 大柄の髭面の男が小型シャトルから降りようとする清原の前に立った。清原は若干引き気味にテンションの高い大男を見上げた。正確に言えば決してその佐賀高家少将は長身と言うわけではなかった。清原が小柄なのは確かだったが、その見下すような視線から佐賀は大きく見えるように振舞っていた。
「ずいぶんと艦船を出す予定なんですね」 
 清原の脇から出てきた安東の顔を見ると佐賀は渋い顔をした。そして同時に安東も敵意の視線で佐賀と言う大貴族の肉の厚い顔をにらみつけた。
 佐賀高家はあの嵯峨の分家に当たり、長く中絶していた本家を継げると信じて西園寺や烏丸に工作を仕掛けていた人物と安東も記憶していた。そして今回西園寺家の三男を本家に押し付けられた意趣返しにこうして大軍を率いて駆けつけて恩を売ろうと言う魂胆に安東は敵意しかもてなかった。
「そう言えば佐賀さん。弟さんは?」 
 口の悪い清原らしく聞いてはいけない話から切り出したのでさすがの安東もあわてた。佐賀の弟は現在宇宙に上がるべく手勢を集めて南極基地に進軍を開始した醍醐文隆であり、二人の仲は犬猿そのものであることは有名すぎる話だった。
「なるほど、清原さんは私よりも文隆を重視するとおっしゃるんですか?」 
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直