遼州戦記 播州愚連隊
楓の言葉が震えていた。明石はそこでようやく自分が緊張していないことに気が付いた。
「今回は生還できるかもしれんやろ?死にに行く訳や無い。勝ちに行くんじゃ」
そう言って楓の長い黒髪をなでる。いつもなら猛然と講義してくるはずの楓の表情がまだ硬かった。明石は周りを見回し、安全第一と書かれた壁面の隣につるされた白い額を指差した。白い額にはあまり上手とは言えない筆文字で『至誠』とだけ書かれていた。
「ええか、ワシ等軍人はあそこにあるように誠に至る道を探すだけや。他の事は政治家さんにおまかせ。ワシ等のできることはただ誠で敵に当たること。それだけ考えておいたらええねん」
明石のその言葉に楓も赤松直筆の額に目をやる。その様子を別所達はニヤニヤしながら眺めていた。
「こうしてみると親子じゃねえか」
そんな魚住の軽口も軽く笑って無視する二人。別所はそれを微笑みながら見ながら集まり始めた兵卒達をまとめようとハンガーの中央に向かう。
「全員整列!これから赤松司令からの訓示がある!」
別所の張り上げた言葉にあちこちで固まっていた兵士達がそれぞれの部隊ごとに並び始めた。明石や魚住、黒田達もその部下達の顔を見つけては呼び寄せる。次第に兵士の群れは列となり、先頭に明石、魚住、黒田らのアサルト・モジュール部隊の隊長や整備班長、技術部長などの士官が部下達をまとめて並ばせる。
「それではしばし待て!」
別所のその言葉にハンガーは沈黙した。そしてそれを図っていたように彼の背中に大きく広がったモニターには赤松の姿が浮かび上がった。
『総員に告げる!』
赤松の珍しい標準語アクセントの演説に全員がモニターに目を向けた。鋭く光る眼光。いつもの上下の隔ての無い気さくな指揮官の面影はそこには無い。明石もじっとモニターを見つめ続けていた。
『清原准将貴下の部隊が現在帝都を占拠して我々の後方に進軍してきていることは諸君も承知していることと思う。いや、今回の作戦が立案された時点で彼等がそれをもくろんでいたのは私も君達と同じく承知していることだった』
静かに周りを見回した明石の目には頷く兵達の姿が見えた。
『彼等は貴族制こそが胡州を胡州たらしめていると言う。だがそうだろうか?胡州に生きる人々の中で貴族の称号を持つのは1パーセントに満たない。代々職業軍人や管理職を優先的にあてがわれる武家と合わせても5パーセントを超えるかどうかと言うところだ。それだけの人物が胡州を胡州たらしめているのか?私ははなはだ疑問だ』
その言葉に頷く隊員達。彼等も多くは武家の出身だが、平民出の隊員も多い。上流貴族の出でありながら隣に立つ嵯峨楓も赤松の言葉に頷いていた。
『胡州を胡州たらしめている1パーセントの人々の為に軍を動かす。これは正義と言えるだろうか?これが誠と言えるだろうか?少なくとも私はそうは思わない。また、そうして政権を力で奪取することが正義だとはとても信じることができる話ではない』
赤松はそういった後、静かに手元にあったコップから水を飲む。いつもならこう言う時には茶々を入れる魚住もただまっすぐとモニターを見つめて赤松の次の言葉を待ち続けていた。
『彼等が1パーセント、多く見て6パーセントの人々の為に軍を動かすなら我々は残りの九十四パーセントの人々の為に軍を動かす!幸い濃州に関することだが、越州軍は攻略を断念して補給のため動けずにいる。ここで我々が決起部隊へと矛先を向けても濃州の安全は確保できる状況にある。つまり我々の敵は唯一つ。清原氏の私兵だけだ』
誰もが黙っていた。だが明石も兵達がこの瞬間を覚悟し、待ち構えてこの艦隊の出撃に加わっていることをこのわずかな瞬間で理解した。
『清原氏の手勢は弱くは無い。君等と同じ胡州軍の厳しい訓練を乗り越えた猛者達だ。ただ、それは相手とて同じことだ。我々をそうやすやすと挟み撃ちにして殲滅できるとは思っていないだろう。だが、彼等の大義はわずか6パーセントの人々の大義だ。それに対して我々の大義は九十四パーセントの大義。義は我等にある!そのことはこれから決戦に挑み、それに勝利するまで忘れないでいてもらいたい』
そう言って静かに赤松は敬礼をした。ハンガーの兵士達はモニターに向けて敬礼をする。明石もいつの間にかそんな兵達に合わせて敬礼をしていた。
動乱群像録 31
近衛師団の通用門に巨大な人影が現れた。当然のように入り口を封鎖している清原派の決起部隊は警戒を始めて待機させていたアサルト・モジュールを起動させた。コックピットの中ではサイボーグ用の顔が半分以上隠れるヘルメットを着用した士官候補生西園寺要がじっと外で起動を始めるアサルト・モジュールの群れを眺めていた。引き締まった口元。まるで得物でも見つけたように自然と舌なめずりをする要。
「ほう、やる気ですか?」
すぐさま右手のレールガンを構えてそのまま連射する。起動がされていない機体はひとたまりも無く火を噴いて倒れた。
『いきなり撃つな!お前のお袋を殺されたいのか!』
「いやあ、寝てる機体をぶっつぶした方が被害が少なくて済むじゃないですか。それにアタシの任務は陽動ですよ。好きに暴れさせてもらいます」
そう言うと一気に機体をジャンプさせる。突然のことにまだ烏丸派の決起部隊は何が起きたか理解できずにいた。すでに起動済みの三式が二機合わせるように宙に浮いた近衛師団の新型機に付いて飛び上がる。
「五式の実力はどの程度かねえ」
付いてきた敵機に照準を合わせるが、相手が師団の敷地を背にしているので攻撃ができないことに気づく。
『馬鹿やっているんじゃない!ともかく動き回ってひきつければいいんだ!』
「簡単に言ってくれるねえ……」
要はそう言うとすぐに近くの森に機体を突入させる。敵の二機もそれを見てそのまま要の機体を追う。だがそれは追っているのではなくただ部隊の通用門から引き離されていると言うことに気づいていないパイロットを想像してさらに要は満足げに頷く。
『今から救出隊出る!その間ひきつけていろ!』
通信をしていた士官の搭乗していた装甲車両が虚を付いて封鎖されていた街道のバリケードを踏み越えて都心部へと走り出した。
「それでいいわけだ……後はスコアーでも稼がせてもらおうかね」
要はそう言うと背中に張り付こうとしている先の大戦の従軍章をマーキングしている動きの良い三式にターゲットを絞った。下手に動けばやられると思ったのか、公園の池のほとりでじっとしている敵。もう一機は要を挟み込もうとしているようにオブジェの影を動いているのがレーダーで見て取れる。
「ステルス性能の差がこれだけあるとかわいそうに思えてくるな……」
そう言って真後ろを取ったつもりで飛び込んでくる新人の機体に照準を合わせた。
「さよならだな!」
振り向きざまのレールガンの一撃で三式のコックピットが吹き飛ぶ。それに驚いて飛び出した隊長機。
「小娘相手になにやってんだか」
自然と要の頬に笑みが浮かんだ。さすがに隊長機らしくすぐに冷静さを取り戻した敵は再び森に隠れる。
「でかい図体で森の中……逃げるのか?逃げれるのかよ」
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直