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遼州戦記 播州愚連隊

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 洋子の言葉に士官はしばらく考える。そのまま黙って部下達が作業を辞めたのを確認すると大きくため息をついた。
「はい、すぐにでも戦闘可能なようにできています……しかし……」 
 士官の言葉に迷うことなく明子は五式のコックピットに向かってジャンプした。
「これで少しは時間を稼げます!各員は民間人の脱出を優先してください」 
 仕方が無いと言うように士官は隠そうとしてかぶせたシートをはがすように部下に合図をする。洋子はそれを見ながらいつもの試験のときと同じようにコックピットを開けるための腹部の装甲に設けられたスイッチを押した。音も無く装甲版が跳ね上がりそのしたのコックピットのモニターが埋め込まれたフレームが開く。
「こちら『青鷺』、コントロール聞こえますか?」 
 すぐさまシートに身を投げてヘルメットの後ろのジャックにコードをつなげてシステムを起動させながら明子は樋口の顔が浮き上がるモニターに目をやった。
『では乙の13、および丙の23地区に敵が取り付いています!』 
「了解」 
 洋子はすぐにエンジンに火を入れてそのまま大型エアロックを押し開ける。
「光?」 
 彼女がつぶやく。いくつもの閃光が目に入った。彼女は知っていた。かつて彼女の兄が同じように閃光の一つとなって消えたことを。そしてこれから自分はそれを作るために出撃することを。敵の揚陸艦は三隻、明らかにこちらの数の不足を知っているように腹を晒して浮かんでいた。その手前にはすでに大破して爆縮を繰り返している友軍の駆逐艦が見える。
『現在そちらに二機!直進してきます』 
 オペレータの男性の言葉に頷きレーダーとモニターに目をやった。
「素人じゃないのを分かってもらわないと!」 
 モニターの端の動くものにレールガンの照準を合わせる。相手はまるで馬鹿にしているようにあわてるそぶりもなく突っ込んでくる。
『その距離じゃあ……ねえ』 
 突然の通信と共に狙っていた二機の三式が火を吹いた。驚いてその火線の源を辿る。目視では見えないがレーダーはそこにアサルト・モジュールがいるのを確認していた。
『嬢ちゃんのでる戦場じゃねえよ、ここは』 
 聞きなれた人をなめきったような声。
「新三郎さん……?」 
『忘れられてたら悲しいよねえ……ほら来た!』 
 突然闇から現れた見慣れない機体にぶつけられて明子の機体はよろめく。その何も無い空間にはレールガンの火線が走っていた。
『ぼけっとしてると食われちゃうよー』 
 画面が開くとそこには遼南人民軍大佐の軍服を着た兄の旧友である嵯峨惟基の姿が映っていた。
「……新三郎さん?」 
 機体を建て直し目の前の戦前の試作アサルト・モジュール四式を駆る遼南の皇帝を見据えた。
『それでいい。嵯峨惟基やムジャンタ・ラスコーはここにいないことになってるからな。西園寺新三郎、昔の一学のダチが遊びに来たと思ってくれよ!』 
 そう言いながら背後にレールガンを向けて迫ってきていた旧型の97式を撃ち落す。
「でも本当に……」 
『今は俺は大麗で会議に出ていることになってるから……気にするなって』 
 嵯峨の言葉に涙をこらえつつ洋子は周りを見据えた。
「樋口大佐……状況は?」 
『敵は泉州艦隊を避けるようにして丁の四区画に向かってきています。恐らくは温存していたアサルト・モジュール部隊で一気に殲滅にかかると思われますが……』 
 その言葉にしばらく天を見た後嵯峨はニヤリと笑った。
『洋子坊。強くなりたいか?』 
 突然の問いに洋子は戸惑ったが静かに頷いた。
『それならここは俺についてきてくれ。樋口さんの予想では城の旦那は全軍率いてきているようだが実際の越州ではアサルト・モジュールの稼働率は高くない。恐らくはそのまま無人のミサイルポッドを使って戦力を削ぎにかかるはずだ。十分何とかなるぞ』 
 洋子を安心させるかのようにそう言うと嵯峨は手元の端末の情報を表示して明子と濃州鎮台の司令室に送信した。そこには現在の越州艦隊の展開図が見て取れるがそれは樋口がレーダーで割り出したそれとはかなり違っていた。
『多くがデブリを偽装して艦隊に見せかけているだけだな。あちらも第三艦隊がこちらに急行していることくらい知っているよ。そしてもし帝都で同志が決起してもそれを無視して赤松の旦那が突進してきたらと言う事も想定しているはずだ。そうなると出せる戦力は限られてくる』 
 樋口達、濃州鎮台が艦船やアサルト・モジュールと思っていた艦影がデコイであることを示す水色に染められていく。
『まあ城の旦那の最後の足掻き。付き合ってやろうや』
 余裕のある嵯峨の表情に笑顔を返すと洋子は敵の展開する丁区域に向かって機体を進めた。



 動乱群像録 28


「醍醐さんには逃げられたか……」 
 清原の言葉に安東は静かに頷いた。陸軍省大臣室。すでに西園寺内閣での陸軍大臣である原大将は地下の武器庫に西園寺派の将校達と共に監禁されていた。陸軍省は清原一派の決起軍が制圧。すでに他の象徴にも武装した同志が突入を開始しており、帝都の制圧もまもなくと思われていた。
「まもなく主要な官庁、マスコミ、企業の制圧は完了します。残りは九条平の近衛師団に立てこもっているかあるいは……」 
 大臣室の前を駆け回る決起部隊の隊員の軍靴の音を気にしながら安東は静かに恩のある上官を見据えた。第三艦隊の留守を突いての挙兵後の状況は予定通りに進行している。一方で清原達の決起を見込んで醍醐がシンパの伝で近隣コロニーの常備軍を集めるため動き回っていることもすべては計算のうちだった。
「あとは問題になるのは西園寺卿だが……首相官邸は空振りだったようだな」 
 清原はそう言って大臣の執務机の端末を開いた。そこには西園寺家の本邸の表玄関が映っていた。機動部隊と対峙する一人の女性に彼は目を引かれた。
「西園寺の鬼姫か……」 
 淡い桜色のはかま姿で鉢巻を締めなぎなたを手に床机に座って決起部隊をにらみつける美女。その様子はきわめてシュールな光景だった。
「こちらの部隊には知らせてあるのか?康子さんの能力とかを」 
「知らせていません。知らせても信じないでしょうから」 
 淡々と答える安東の姿に多少不機嫌になりながらにらみ合いを続ける様子を眺める清原。だが二人とも康子の『空間干渉能力』と『超活性細胞因子所持体質』と言う言葉は発することができないでいた。
 空間干渉能力は任意の空間の時間軸をずらしたりその中の平面を切り取ってしまうと言う能力と安東は理解していた。さらに超活性細胞因子とは理性の制御下では細胞が常に異常な勢いで再生を行なう事実上の『不死』の存在であると言う話と聞いていた。そんな事実上地球人の血統の強い胡州人には珍しい体質の攻撃的な女傑相手に普通の部隊でどうこうできることなど二人とも期待はしてはいなかった。とりあえず西園寺の拠点を潰して二度と立て直れなくすれば頭を下げに出てくる。それを待つと言うのが二人の思惑だった。
 西園寺の投降に期待を寄せている恩人に安東はさらに言葉を続けた。
「それとこれもあまりいいニュースではないですが……」 
「言いたまえ」 
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直