小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

遼州戦記 播州愚連隊

INDEX|30ページ/65ページ|

次のページ前のページ
 

 別所の言葉に司令官室の赤松は静かに頷いた。西園寺と烏丸の対立を危惧していた巨星保科老人の死の意味するところは一つだった。清原准将貴下の烏丸派の部隊の決起は近づいている。しかし赤松にはしなければならないことがあった。
「準備を。出撃準備の中止を……」 
「それは無理やろ」 
 そう言って手にしていたペンをくるりと回す。実際、別所に言われるまでもなく艦隊指揮官達は誰もがこの出撃を中止するように進言を受けていた。特に陸軍の帝都周辺の守備隊のわずかな西園寺派の一人、醍醐文隆准将には昨日の深夜まで説得を受けていた所だった。
「確かに越州の行動を許せば胡州は分裂します。ですが全艦出す必要は……」 
「あるから出すんじゃ。必要ないのやったら誰もそんなことするわけないやろ」 
 別所の言葉をあっさりとさえぎる赤松。その態度の別所はこの上官があることを決めているのではないかと思って口を開いた。
「清原軍と決戦を行なうつもりですか?」 
 そう言われると嘘のつけない赤松はニヤリと笑った。
「恐らく船の数なら陸軍の佐賀さんの揚陸艦を大量に動員してくるあちらが上や。でもこちらは海軍。宇宙を制するのはお手の物やろ?ワシとしては貞坊……いや安東のアサルト・モジュール部隊がつぶせればいい勝負ができる思うとるんやけど」 
「それならお任せください……と言いたい所ですが……」 
 赤松の挑発に乗るほど別所は自信家では無かった。海軍の教導隊の隊長として何度か安東とは模擬戦を経験しているがすべて安東が勝利している。同じ三式ならば数で押してもどうにかなるだろうが、安東は現在、胡州陸軍で最新式の五式試作戦を使用しての運用試験を行なっている最中と聞いていた。そのスペックは別所も聞いていたので勝ち目が少ない事実も知っていた。
 しばらく黙り込んでいる別所に近づくようにと赤松は手招きする。
「実は……新三の奴が動いてるみたいでな」 
 そう言って赤松は端末の画面を別所に向けてニヤリと笑った。
「嵯峨大公が?しかし何で……」 
 別所の言葉に赤松は不敵な笑みを浮かべて机の上に画像を表示させる。
 そこには濃州に向かう泉州艦隊の姿が見て取れた。
「同じ嵯峨でも地下の佐賀高家はんは人望が無いからな。嵯峨家の被官でも濃州に近い泉州の自衛軍の面々は高家はんと心中するつもりは無い言うことや。越州軍ははやまった……言うことやな」 
「ならなおのこと……」
 モニターをにらみつけている別所に笑みで返す赤松。そこにはある決意と冷酷な計算があることがうかがい知れる表情が見て取れた。
「なあに、事を起こしたかったのはワシ等も一緒やねん。在外資産の凍結を解くにはどないな事をしても烏丸はんの一派を駆逐せなならん。その為にはワシ等から動いて見せる必要がある言う事や」 
「割り切れるんですか?将軍は」 
 別所の言葉に視線を落とす赤松。言葉では割り切れていても自分でもどうしようもない感情がそこに見て取れた。妻の実家で妹の嫁ぎ先である安東家と敵対すること。高等予科学校以来の親友の安東貞盛を敵に回すこと。どれもが感情のしこりを残す事実だった。
「下手に察しても何も得にならんわ……ただそう言う状況なんや」 
 まるで自分自身に言い聞かせるような赤松の言葉に別所はただ静かに敬礼をしてそのまま司令室を後にした。



 動乱群像録 27


 叫ぶオペレーター。指揮官の椅子で目を覚ました洋子の目の前のモニターには激しいコロニー外周部での戦闘の様子が目に入ってきていた。
「洋子様!一実大尉が戦死されました!」 
 コロニーの管理ルームに立っていた斎藤洋子に通信士官が声をかける。洋子はただ黙って光がきらめく濃州外周コロニー群の戦闘を見つめていた。
「こちらの戦力はあと……」 
 静かに長い髪を翻して振り返る女性の姿を見て鎮台府を預かる樋口修三大佐は気が引き締まる思いがしていた。彼女の兄、一学の死の時も彼女は涙を見せなかった。ただじっと何かに耐えているように唇をかみ締めて立ち尽くすのは今と変わらない。そして今はその兄が守った濃州に本格的な危機が迫っている。
 すでに領民の避難は開始されていた。一番近い泉州はあの遼南皇帝である嵯峨惟基の領邦だった。もしそこに手を出せば遼州同盟を敵に回す。さすがに越州の切れ者と呼ばれる城一清もそこに手を出すことはしないと樋口は読んだ。そして家臣達の死に行く様を黙って見つめている洋子の腹の内を想像してただわびて見せたい衝動に駆られながら目の前のコントロールパネルで部隊の再配置を始めていた。
「現在は補給のため『なみしお』と『くろしお』が待機中です、後は泉州から事実上の亡命と言う形で『来島』を旗艦とする巡洋艦二、駆逐艦四がこちらに向かっているところです」 
「そうですか……」 
 明らかに戦力では勝ち目は無かった。そして第三艦隊も保科老人の死によって帝都の治安が悪化すれば引き返さなければならなくなるのは分かりきった話だった。そうなれば今は好意的な行動をとっている泉州艦隊も敵に回ることさえ考えられた。それを思うと洋子は唇を噛み締めて芳しくない戦況を見守っていた。
 モニターの中で駆逐艦が火を噴いてコロニーのミラーに激突して大破するのが目に入った。もうそれを見ては洋子は我慢ができなくなっていた。
「それでは私も出ます。指揮をお願いします」 
 そう言った洋子。樋口はもうそれを止めることはできない。
「五式を使いますか?」 
 樋口の言葉に静かに頷く明子。
「あの機体は相性がいいんですの。なんとなく時間を稼げるような気がしますしね」 
 強がりのような笑い。ただこの絶望的な状況でも笑みをこぼせるのはあのエースと呼ばれた兄の血を引いていることがわかって樋口も気が楽になって孫のような主君に大きく頷いて見せた。
 そのまま管制室を出た洋子は敬礼する部下達の前を静かに通り過ぎていた。
『これ以上……お兄様が守った濃州を好きにはさせません』 
 心に決め、そのままエレベータに乗り込む。
 すでにパイロット経験のある兵士は出撃を終えていた。艦船やアサルト・モジュールの係留されているドックに向かうエレベータや通路には人影はまばらだった。エアロックの前でヘルメットを被り気密を保つファスナーを閉める。そしてそのまま重いドアを開けるスイッチを押した。
 そこには別世界があった。重力が無い中、負傷した兵士の血液があちこちに飛び散っている。整備班員は被弾すれば空気が無くなってしまうドックの通路をヘルメットも着けずに行きかう。
「洋子様!」 
 一人の片腕に負傷したパイロットが声をかけてくる。引き止められるのが分かっているので洋子は無視してそのまま通路を進んだ。
 振動が時折壁越しに伝わってきている。すでにこの防衛拠点に取り付いたアサルト・モジュールもあるのかもしれない。そんなことを思いながら彼女が運用試験をしていた五式の係留されているドックへと向かった。
「え?洋子さま?」 
 青い五式にシートをかけようと部下を指揮していた士官が振り返る。誰もが疲れ果てた表情で濃州の旗機を敵に渡すまいと偽装を施そうとするところに明子は駆けつけた形になった。
「動かせますね」 
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直