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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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 そう言うと嵯峨は出て行けというように左手を振った。
 吉田を先頭にドアを出ようとする面々だが、彼らの目の前には一人のライトブルーのショートカットの女性将校が待ち受けていた。
「アイシャちゃん!映画よね映画!凄いの作りましょうね!」 
 完全に舞い上がっている通称『お姉さん』こと運用艦『高雄』艦長鈴木リアナ中佐。その浮かれぶりにさすがのアイシャも呆然と見つめるしかなかった。
「市役所からの依頼か、まあお前達に任せた」 
 そう言うのは警備部部長マリア・シュバーキナ少佐だった。二人とも図ったようにここにいるのは盗み聞きでもしていたのかと思わず誠は微笑んでしまう。
「じゃあ、お姉さんにはこれ!」 
 そう言うとアイシャは手にした投票用紙を渡そうとする。だが、それは吉田の手に阻まれた。
「何するのよ!」 
「あのなあ、アイシャ。一応、俺等でジャンルの特定しないと収拾つかなくなるぞ。島田とか菰田あたりが整備の連中や管理部の事務屋を動員してなんだかよくわからないジャンルを指定してきたらどうするつもりだよ」 
 そう言うとアンケート用紙を取り上げる吉田。誠はいい加減な吉田がこういうところではまじめに応対するのがおかしくなって笑いそうになって手で口を押さえた。
「あれこれ文句言ったくせにやる気があるじゃないの?」 
 そんなアイシャの言葉に耳を貸す気はないとでも言うように吉田は投票用紙を持って自分のホームグラウンドであるコンピュータルームを目指す。吉田が扉のセキュリティーを解除すると、一行は部屋に入った。
「ここが一番静かに会議ができるだろ?」 
 そう言うと吉田は椅子を入ってきた面々に渡す。誠、アイシャ、要、カウラ、シャム、吉田。それにマリアとリアナが加わっている。
「そこで皆さんに五つくらい例を挙げてもらってそれで投票で決めるってのが一番手っ取り早いような気がするんだけどな」 
 そう言うと吉田は早速何か言いたげなシャムの顔を見つめた。
「合体ロボが良いよ!かっこいいの!」 
「それは素敵ね!」 
 シャムの言葉に頷くリアナ。
「お姉さん、こいつが何を言ったか分かって相槌打ってるんですか?」 
 めんどくさそうな顔でリアナを見つめる要。だが、リアナは要を無視してアイシャを見つめた。
「私は最後でいいわよ」 
 そう言うとアイシャは隣のカウラを見つめる。アイシャに見つめられてしばらく考えた後、カウラはようやく口を開いた。
「最近ファンタジー物を読んでるからそれで……」 
 意見を言ってやり遂げたと言う表情を浮かべているカウラ。その瞳が正面に座っている要に向かう。そこに挑発的な意図を見つけたのか、突然立ち上がった要は手で拳銃を撃つようなカッコウをして見せた。
「やっぱこれだろ?」 
「強盗でもするの?」 
 突っ込むアイシャを睨みつける要。その間にマリアが割って入る。
「刑事もののアクションか。うちなら法術特捜の茜とかからネタを分けてもらえるかもしれないな。あっちはいろいろ捕物の経験もあるだろうし」
 にらみ合う二人の間で気を使うマリアに思わず同情したくなった誠だが、マリアはすぐに誠をその青く澄んだ鋭い視線で睨みつけてきた。
『こういう時は僕が間に入れってことかなあ』 
 愛想笑いでそれに答える誠。 
「はい、刑事物と」 
 そう言うと吉田の後ろのモニターに『西園寺 刑事物』と言う表示が浮かんでいた。
「えーと。ロボ、ファンタジー、刑事物と。おい、神前。お前は何がしたい」 
 そう言って振り向く吉田。誠は周りからの鋭い視線にさらされた。まずタレ目の要だが、彼女に同意すれば絶対に無理するなとどやされるのは間違いなかった。誠の嗜好は完全にばれている。いまさらごまかすわけには行かない。
 カウラの意見だが、ファンタジーは誠はあまり得意な分野では無かった。彼女が時々アニメや漫画とかを誠やアイシャの影響で見るようになってきたのは知っているが、その分野はきれいに誠の抑えている分野とは違うものだった。
 シャム。彼女については何も言う気は無かった。シャムのロボットモノ好きはかなり前から知っていたが、正直あの暑苦しい熱血展開が誠の趣味とは一致しなかった。
 そこでアイシャを見る。
 明らかに誠の出方を伺っていた。美少女系でちょっと色気があるものを好むところなど趣味はほとんど被っている。あえて違うところがあるとすれば神前は原作重視なのに対し、アイシャは18禁の二次創作モノに傾倒しているということだった。
「それじゃあ、僕は……」 
 部屋中の注目が誠に向いてくる。気の弱い誠は額に汗がにじむのを感じていた。
「おい!オメー等。何やってんだ?」 
 突然扉が開いて東和軍の制服を着た小さな女の子が部屋に舞い込んで来た様子を誠はじっと見つめてしまった。
 小さな女の子。確かに120cmと少しの身長の、あらゆる意味で正反対の明石の後任である保安隊副隊長クバルカ・ラン中佐はどう見てもそう表現するしかない外見をしていた。
「悪巧みか?アタシも混ぜろよな」 
 そう言って勝手に椅子を運んできて話の輪に加わろうとする。ランはしばらく机の上の紙切れをめくってみた後、吉田の操作しているモニターに目をやった。そして明らかに落胆したような様子でため息をつく。
「おい、あのおっさん馬鹿じゃねーのか?」 
 吉田に正直な感想をもらすラン。
「それはちょっと言いすぎよ。面白いじゃないのこういうの」 
 そう言いながらランの頭を撫でるリアナ。リアナは保安隊で唯一ランの頭を撫でることを許された存在だった。なんとなく照れながら生暖かいアイシャの視線を見つけて今にも噛み付きそうな表情に変わるランの好奇心にあふれた表情。だがすぐにいつものその見た目とは正反対な思慮深い目で吉田がいじっている端末の画面を覗き見る。
「で、シャムが巨大ロボット?そんなもん明華にでも頼めよ。カウラは剣と魔法のファンタジー?ありきたりだなあ、個性がねーよ。要が刑事モノ?ただ銃が撃ちてーだけだろ?」 
 あっさりとすべての案をけなしていくラン。
「じゃあ、教導官殿のご意見をお聞かせ願いたいものですねえ」 
 挑戦的な笑みを浮かべる吉田。ランは先月まで東和国防軍の教導部隊の隊長を務めていた人物である。吉田もそれを知っていてわざと彼女をあおって見せる。
 そこでランの表情が変わった。明らかに予想していない話題の振り方のようで、おたおたとリアナやマリアの顔を覗き込む。
「なんでアタシがこんなこと考えなきゃならねーんだよ!」 
「ほう、文句は言うけど案は無し。さっきの見事な評価の数々はただの気まぐれか何かなんですかねえ」 
 得意げな笑みを浮かべる吉田。明らかに面子を潰されて苦々しげに吉田を見つめるランがいた。
「アタシは専門外だっつうの!オメエが仕切ればいいだろ!」 
 ランの口を尖らせて文句を言う姿はその身なりと同様、小学校低学年のそれだった。
「じゃあ、仕切ると言うわけで。神前」 
 そう言って誠を見つめる吉田。明らかに逃げ道はふさがれた。薄ら笑いを浮かべるアイシャに冷や汗が流れるのを感じる誠。
「それじゃあ戦隊モノはどうですか?」 
 破れかぶれでそう言ってみた。