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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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 確かに明華の顔には白を基調にしたおどろおどろしいメイクが施されている。役名『機械魔女メイリーン将軍』。本人は気乗りがしないと言うことがそのこめかみの震えからも見て取れた。
「皆さんおそろいで……」 
 奥の更衣室から出てきたのは両手に鞭のようなバラのツルをつけてほとんど妖怪のような格好をさせられた保安隊のたまり場『あまさき屋』の女将、家村春子だった。
「お母さん大丈夫?」 
 その姿に少し引いている娘の小夏が声をかける。
「なに言ってるの!これくらいなんてことはないわよ……ねえ!」 
 そう言って春子はジュースを配りに来たリアナに声をかける。
「そうよ!私もやりたかったくらいですもの」 
 リアナはすっかり彩り豊かな衣装に囲まれて興奮しているようで、顔が笑顔のままで固定されているようにも見えた。
「それと、これ神前君ね」 
 レベッカは誠に数少ない男性バトルキャラ『マジックプリンス』の衣装を手渡した。
「やっぱり僕も……」 
 その箱を見て落ち込む誠。
「テメエのデザインじゃねえか!アイシャとシャムと一緒に考えたんだろ?それにしてもアイシャが何でこういう格好しねえんだよ!伊達眼鏡の一般教師なんて……誰でもできるだろうが!」 
 思わず衣装を投げつけんばかりに激高する要。
「私がどうかしたの?」 
 そう言って控え室に入ってきた伊達眼鏡のアイシャがコスプレ中の面々を見て回る。明らかにいつも彼女が見せるいたずらに成功した子供のような視線がさらに要をいらだたせた。その後ろからは疲れ果てたと言う表情のカウラがしずしずと進んでくる。
「おい、大丈夫なのか?受付の方は」 
 心配そうにランがアイシャを見上げている。
「大丈夫よ。キムとエダ、それに菰田が仕切ってくれるそうだから……」 
 その視線はダンボールを手に更衣室に入ろうとする要に向けられた。
「早く着替えて見せてよ。久しぶりにキャプテンを見たい気が……」 
 アイシャがそこまで行ったところでブラシを投げつける要。
「テメエ等!後で覚えてろよ!」 
 捨て台詞と共に更衣室に消える要。額に当たったブラシを取り上げてとりあえずその紺色の長い髪をすくアイシャ。
「あのー、僕はどこで着替えればいいんでしょう……」 
「ここね」 
「ここだろ」 
「ここしかねーんじゃねーの?」 
 誠の言葉にアイシャ、楓、ランが即座に答える。
「でも一応僕は男ですし……」 
 そう言う誠の肩に手をやって親指を立ててみせるアイシャ。
「だからよ!ガンバ!」 
 何の励みにもならない言葉をかける彼女に一瞬天井を見て諦めた誠はブレザーを脱ぎ始める。
「あのー……」 
『何?』 
 誠をじっと見ている集団。明華、ラン、リアナ、楓、カウラ、アイシャ、シャム、小夏、春子。
「そんなに見ないでくださいよ!」 
「自意識過剰なんじゃねーの?」 
「そんなー……クバルカ中佐!」 
 一言で片付けようとする副部隊長に泣きつこうとする誠。だが、健一も鈴木もニヤニヤ笑うだけで助け舟を出す様子も無かった。
 ついに諦めた誠は仕方なくズボンのベルトに手をかけるのだった。


 突然魔法少女? 4



「また……映画を作ることになったんだけど……ねえ……」 
 保安隊隊長室。通称『ゴミ箱』でこの部屋の主、嵯峨惟基特務大佐は口を開いた。
 呼び出された保安隊の人型機動兵器アサルト・モジュール部隊の第二小隊隊員である神前誠曹長も配属して四ヶ月も過ぎ、この部屋の異常な散らかりぶりに慣れてきたところだった。
 応接セットをどかして床に敷いた毛氈の上には『遼州同盟機構軍軍令部』と書かれた紙と硯(すずり)が転がっているのは一流の書家でもある嵯峨に看板の字の依頼が来たのだろう。かと思えば執務机にはいつものとおり万力がボルトアクションライフルの機関部をくわえている。そしてどちらの上空にも窓からの日差しで埃が舞っているのが目に見えた。
「なんでこの面子?」 
 明らかに不機嫌なのは、喫煙可と言うことで口にタバコをくわえて頭をかいているのは誠と同じ第二小隊の西園寺要大尉。隣で嵯峨の言葉に目を輝かせているのは保安隊の巡洋艦級運用艦『高雄』副長のアイシャ・クラウゼ少佐と第一小隊のエースとして軍関係者には知らないものがいないと言うナンバルゲニア・シャムラード中尉の二人だった。長身の誠の隣に彼より少し小さいアイシャ、170cmに若干届かない要と小柄を通り越して幼く見えるシャム。まるでマトリューシカ人形だと思って思わず誠の口もとに笑みが浮かぶ。
「市役所ですか?飽きもせずにそんな馬鹿なこと言ってきたの。俺は付き合いませんよ」 
 頭を掻きながら抜け出すタイミングを計っているのは、電子戦では右に出るものはいないと言う切れ者で知られる第一小隊の電子戦担当の吉田俊平少佐だった。面白いものには食いつく彼がいつでも抜け出せるようにドアのそばにいるのは東和軍の領空内管理システムのデバック作業中に呼び出されたせいなのは誠にもわかった。
「これも任務ですよ。市民との交流を深めるのも仕事のうちですから」 
 完全に諦めたと言う表情でそう言うのは、第二小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉だった。嵯峨の言葉を聞いてアイシャの反対側に立って、隣の誠を前に押し出すように彼女が半歩下がったのを誠は見逃さなかった。
「カウラの言うとおりよ。これもお仕事。だからあなた達でなんとかしなさい」 
 執務机に座って頭の後ろに手を組んでいる嵯峨の隣には、保安隊の最高実力者として知られた技術部部長許明華大佐が控えている。そしていろいろ愚痴を言いたい隊員達でも彼女の言葉に逆らう勇気のあるものはこの部屋にはいなかった。保安隊アサルト・モジュール部隊の前隊長で現在は保安隊の上部組織である遼州同盟司法局の幹部に引き抜かれた明石清海(あかしきよみ)中佐も諦めた調子で頷いていた。
「それで隊長。映画と言ってもいろいろありますが……」 
 アイシャのその言葉に嵯峨は頭を掻きながら紙の束を取り出した。
「まあ……内容は……去年と同じでこっちで決めてくれって。なんなら投票で決めるのがいいんでないの?」 
 そう言って全員に見えるようにその紙をかざす。
『節分映画祭!希望ジャンルリクエスト!』 
 明華はすぐにその紙の束を受け取ると全員にそれを渡した。
「希望ジャンル?私がシナリオ書きたいんですけど!」 
 そう言って鉄粉の積もっている隊長執務机を叩くアイシャ。その一撃で部屋中に鉄粉と埃が舞い上がり、椅子に座っていた嵯峨はそれをもろに吸い込んでむせている。
「オメエに任せたらどうせ18禁になるだろうが!」 
 そう言ってアイシャの頭をはたく要。カウラはこめかみに指を当てて、できるだけ他人を装うように立ち尽くしている。
「どうせ俺が撮影とかを仕切れと言うんでしょ?」 
 要とアイシャのにらみ合うのを一瞥すると吉田はそう言ってため息をついた。
「まあな。吉田は去年の実績もあるしな。それに一応アーティストのビデオクリップとか作ってた実績もあるし、その腕前を見せて頂戴よ。どうせ素人の演技だ。お前さんの特殊技術で鑑賞にたえるものにしてくれねえと俺の面子がねえからな」