遼州戦記 保安隊日乗 番外編
左端に鎧兜の女武者の写真が見て取れた。
誠は首をかしげた。写真に写っているアイシャだがどうも不自然に見える。
身に着けているのが先ほどまで見ていた源平絵巻に登場する甲冑とは明らかに違う。茶色い漆のようなもので塗られて輝く兜には鹿の角のような飾りがあり、胴は丸く金属でできているように見えた。アイシャの顔には仮面のようなものがついて、そこから髭のようなものまで生えている。
「当世具足って言うんですって!本当は六文銭に赤備えで真田信繁をやろうとしたんだけど……」
「浮きすぎだな」
カウラの一言にうつむくアイシャ。確かにこのような甲冑を飾っている剣術道場もあることは知っていた。
「でも大丈夫か?カウラは動物と相性最悪だぞ。馬なんて……」
そう言ってタレ目で見上げる要。アイシャもそこまで言われるとただ首をひねるしかなかった。
「それに怪我をされたらな……一応仕事に支障があるのは勘弁して欲しいな」
「隊長!私のときは何も言わないで!」
アイシャが目を向けたので嵯峨が首をすくめる。
「お前は止めても行ったろ?しかも去年とはうちをめぐる状況がかなり違うんだ」
そう言い訳するとなんとかアイシャは納得する。
「つまり歩けば良いんだよ。いっそのことアタシの馬のくつわでも取るか?誠と一緒に」
ニヤニヤ笑う要だが、先ほどの嵯峨の言葉に少しばかり落胆していた。
「そうですね。今年も歩きますよ。甲冑はこの前ので良いです」
残念そうな口ぶりでそう言い切ったあと、要をにらみ返すカウラ。
「でもこれって誰が金だしてんだ?」
至極もっともなランの言葉に嵯峨が手を上げる。
「生産的な出費だろ?これで胡州の学者さん達は研究費用が稼げて技術の研鑽につながる。東和は伝統的な資料を見ることで歴史を学べて観光客も呼べる。俺は価値のある美術品を購入して資金の投資を行ったことになる。三方丸くおさまって良いことじゃねえの」
そう言うと嵯峨は立ち上がる。
「定時だぜ、どうする?飲みに行くか?」
嵯峨の言葉に頷くラン。
「叔父貴のおごりってわけじゃ……ねえよな」
「無茶言うなよ。俺はおととい競輪で負けてやばいんだから」
そう言って端末を閉じる嵯峨。
「じゃあ、クバルカ中佐と要とカウラ、私と誠ちゃん……」
アイシャが視線をパーラに向ける。パーラはそのままサラを見てサラは隣のリアナを見つめる。
「ごめんね。私今日は健一さんと……」
「じゃあパーラの車は……あと島田でも呼ぶか。たぶん吉田とシャムは行かねえだろうからな」
要のその一言で一同は動き始める。誠はいつものように今日こそは全裸にならないと心に誓った。
突然魔法少女? 30
「おっはよう!誠きゅん!」
寮の食堂に足を踏み入れた誠にふざけて絡みつくアイシャ。誠は奥に目をやると一人で味噌汁を啜る要の姿があった。
「昨日は我慢したのね!最後まで脱がなかったし」
アイシャにそう言われて昨日を思い出す誠。確かに記憶がすべてそろっている飲み会というのは保安隊配属後は数回しかない。その中のひとつに昨日の飲み会が入っていることは幸いだった。
「そんなえらいなんて……」
「ご馳走さん」
照れる誠と目を合わせないようにして食器を片付ける要。誠が思い返してみると昨日はいつも酒にウィスキーやウォッカを多量に混ぜて誠に飲ませる要が静かにしていたのを思い出した。
「残念だったわね!か・な・め・ちゃん」
食堂を出て行こうとする要を生暖かい視線で見送るアイシャ。
「あいつ……義体の再調整が必要なんじゃないか?」
入れ替わりに入ってきた勤務服姿のカウラの一言。頷くアイシャだが誠には意味が読み取れない。
「あのー何かあるんですか、要さんの体……」
そう言った誠にアイシャが人の悪そうな笑みを浮かべる。こういう時のアイシャとはかかわらないほうが良いと経験で分かっているが、自分が蒔いた種と言うことで逃げるわけにも行かなかった。
「それはね……」
アイシャが誠に囁こうとしたところで戻ってきた要がアイシャを誠から引き剥がす。
「なに?私何も言ってないわよ!」
「来い!良いから来い!」
そのままアイシャを引きずっていく要。
「あの、要さんの義体がどうしたって……」
食堂のカウンターで味噌汁を受け取っているカウラに話を向ける。
「要の今の義体は新型のモデルなんだ。なんでも生殖機能付きだとか」
冷静に答えるカウラ。しばらく誠はその言葉の意味が分からなかった。
「なんかそう言うのが開発されたって記事見たような気がします。子供が出来るんですよね……技術の進歩ですか……それで?」
不思議そうにカウラに話を向けていた誠の耳元に人の気配を感じる。
「無粋な奴だな。子供が出来るには何をするんだ?考えてみろ」
つぶやいたのは寮長島田准尉だった。そう言われて誠は自分の顔が赤くなるのを感じる。
「つまり……これまで要さんが変だったのは……」
「生体パーツとホルモンの分泌の相性が悪かったんだろ?西園寺は明日、立山のサイボーグ関連の施設のラボに予約取ってたからな」
そう言うとカウラはカウンターの野菜の小鉢を手にとってそのまま要が座っていた場所に腰掛ける。
「この罪作り!」
島田はそう言うと誠の後頭部を小突いた。だが誠はいまいちピンと来ずにただ弱ったように笑うだけだった。階段を駆け下りたアイシャが誠に何かを言おうとするが、当然のようにそれを追う要を見て走っていった。。
「まるで子供だな」
一言で斬って捨てるカウラに乾いた笑いを浮かべる誠。要とアイシャがどたばたと走るのはいつものことなので隊員達は一人も気にはしていなかった。
だが、そこに珍しい姿の客が訪れて食堂は騒然とした。
シャムである。これはよくあることだった。まだ時間的には出勤まで時間がある彼女が食堂につまみ食いをしに来たことは何度かある。珍しくコスプレをしていない。基本は猫耳だがかふかふかした灰色の生地のロングコートを着ているところから見て合わないと判断したのだろう。
だが、決定的に違うのはその表情が今にも泣きそうなものだったことだった。
「アイシャちゃんいる?」
食堂の入り口で太りすぎた体を丸めて専用のどんぶりで茶漬けを啜っているヨハンにかけた言葉も心配になるほど細く元気の無いものだった。
「ああ、そこらへん走っているんじゃないですか?それよりどうしたんです?」
子供が怒られてしょげているように見えるシャムにヨハンは思わず心配そうな声を上げた。
「……うう」
その言葉にシャムの瞳に涙が写る。それを見て一緒についてきたらしい吉田がシャムの肩に手を置く。
「な、一緒に謝ってやるから……おう、神前!ちょっと顔貸せ」
沢庵を頬張っていた誠を招きよせる吉田。そのまま耳を貸せというポーズをしてみせる。そして近寄った誠にそのまま体をかがめる。
「冬コミ、こいつのせいで辞退だ」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 番外編 作家名:橋本 直