遼州戦記 保安隊日乗 番外編
吉田を見つめる。いつものふざけた調子ではなくシャムの保護者のような顔をしている。出展関係の事務はくじ引きでシャムが担当することになっていた。吉田が常にバックアップしてくれるということでアイシャも誠も心配してはいなかった。
目の前のシャムは吉田からの言葉で呆然としている誠に黙って涙目で頭を下げる。
「それは残念です……でも僕は良いんですけどアイシャさんが……」
そう言ったところに要に首根っこをつかまれて引きずられてくるアイシャ。
「おう、吉田とシャムが何しに来た?」
要の言葉に立ちすくむシャム。ようやく要の手を振りほどくことに成功したアイシャが襟を正しながらシャムを見下ろす。
「ごめんなさい!」
「ああ、冬コミのことでしょ?」
アイシャの言った言葉にシャムが目を丸くする。
「どうして知ってるの?」
「だって運営に知り合いがいるもの。『本当に辞退するんですか?』て連絡が昨日あったのよ。まあ辞退はしない方向になったけど場所的に微妙なところしか残ってなかったから」
その言葉に急に笑顔を取り戻すシャム。彼女はロングコートのポケットから折りたたみ式猫耳を取り出して頭につける。
「すっごい!アイシャちゃん!」
急に明るい表情になるシャム。
「ああ、でもミスはミスだから準備からすべてよろしくね。私は今年は誠ちゃんの所で年越しをするから」
そう言って良い笑顔を浮かべるとアイシャは食堂に入った。ドアのそばには凍りつくシャムと引きつった笑いの吉田の姿が残された。
「え!今年は行かないの!アイシャ」
シャムの叫びがこだまする。それまでの能面のような無表情がすぐに笑顔に変わるアイシャ。
「そうよ、今年はね誠ちゃんと年越しに決まってるじゃない!」
「おい!何勝手なこと言ってるんだ!テメエが……」
そう言って再び詰め寄ろうとする要だが、アイシャは余裕のある態度で要を見据えている。
「そんなに怒ること無いでしょ?私も東和の普通の年越しって奴を体験したいだけなの。毎年コミケってのも飽きてきたし。それに……」
艶かしい顔で誠を見上げるアイシャ。身震いする誠、だがいつの間にか隣にはいつの間にかカウラまでやってきている。
「普通の年越しか。神前の家は剣道場だろ?なにかイベントは無いのか?」
カウラの言葉に一瞬アイシャに惹かれていた意識を引き戻された誠は頭を掻きながら考えてみた。
「そうですね……四年前までは道場で蕎麦とか餅つきとかやったんですが親父が学年主任になったんで最近は特にイベントらしいことは……」
誠の言葉に目を輝かせるカウラ。
「じゃあ、今年は三人多いからやりましょうよ」
「三人?」
アイシャの言葉に要が不思議そうな顔をする。そしてしばらくしてその言葉の意味に気づいた。
「アタシ等がこいつの家に?」
真っ赤な顔の要。だがまるで気にしていないようにアイシャは話を続ける。
「夏コミだって誠ちゃんの家が前線基地だったじゃないの。当然今度もそう。まあ同じ誠ちゃんの家でも私達はゆっくり、のんびり年越し。シャムちゃん達は忙しく年越し」
「いいもん!楽しんでくるから!」
そう言うとシャムはそのまま食堂の味噌汁のにおいに惹かれるようにカウンターに向かう。ニヤニヤ笑いながら吉田もついていった。
「まあそんなことだろうと思いましたよ」
呆れる誠。名案を提示して自慢げなアイシャ。要は相変わらず頬を赤らめながら誠をちらちらと見つめてくる。カウラは納得がいったというようにそのまま自分の席へと戻っていく。
「あのーもしかして俺等も?」
島田が立ち上がるのを見ると素早くアイシャが指差した。
「当然!貴方達はシャムちゃんの手伝い!上官命令!拒否は認めないわよ!」
こういうことにかける情熱は他の追随を許さないアイシャに言いつけられてしょげる島田と整備班員。
「俺は国に帰るからな」
ヨハンはそう言い切って島田の希望は潰えた。誠はただ苦笑いでアイシャがこれから誠の家でのイベント予定でも考え出すだろうと思いながら見つめていた。
突然魔法少女? 31
『そうよ!またきっと!会おうね!ランちゃん』
『ああ、ぜってー会いに来るからな!』
画面の中の白い魔法少女と赤い魔法少女。シャムとランがそう叫びながら次元を超えていく。シャムの肩に手を乗せる小夏。一人涙をぬぐう要。そしてFINの文字が躍る。
「なんだか……全然内容違うじゃないですか」
全身タイツのマジックプリンスの格好でラストのシーンを呆然と見つめる誠。
「そうねえ、まあ吉田少佐のことだからこうなるんじゃないのかなあって思ってたんだけど……」
伊達眼鏡で先生風の雰囲気を表現していると自分で言っていたアイシャの言葉。そして映写機の隣でガッツポーズをしているだろう吉田の顔を思い出す。
「良いんじゃねえの?受けてるみたいだしさ」
魔法少女と呼ぶにはごてごてしたコスチューム。それ以前に少女と呼べない姿の要が明るくなった観客席で伸びをしているアイシャの知り合い達を眺めていた。
「そうだな、アイシャの友達が切れたら大変だからな」
そう言うカウラだが隣に立っているサラは微妙な表情をしていた。途中で帰る客をさばいていたパーラも引きつった笑みを浮かべている。
「それにしてもなんでこんなに空席が?始まった時はもっと埋まっていたような……」
楓の言葉に青ざめるサラとパーラ。
「楓ちゃん……人にはそれぞれ趣味や嗜好があって……」
「本当に楽しいのか?これが」
ごてごて飾りつけられた格好を見せびらかす楓。誠はその言葉でアイシャの米神がひくつき始めたのを見逃さなかった。
「よう!良く仕上がったろ?」
映写室から出てきた吉田が満面の笑みでアイシャを見下ろす。明らかにアイシャと吉田が昨日見た状態と違っていたのは間違いない。誠は二人の一触即発の雰囲気に逃げ出したい気分になった。
「そうね、さすがは吉田さんですね……」
アイシャの言葉が怒りで震えている。そこに突然女の子が入ってきてアイシャの髪を引っ張る。
「シャム!ちょっと!」
慌ててまとわりついてきたシャムを振りほどくアイシャ。
「もっとかっこよくならなかったのかなー!」
そう言って先ほどまでスクリーンに映っていた格好で杖をアイシャに構えるシャム。
「それは吉田君に言ってよ。私は知らないわよ!」
逃げ出そうとするアイシャだが、楽屋の入り口には赤い魔法少女ランの姿があった。
「クラウゼ……テメー!あれじゃあアタシはまんま餓鬼じゃねーか……それに最後は……」
追い詰められたアイシャ。吉田の画像処理でシャムと最終決戦を前にディープキスをすると言う展開。当然それを知らないランとシャムは怒りの視線をアイシャに向けていた。
「知らないわよ!あれは吉田君が!」
「先任を君付けか?良い身分だな」
すっかりアイシャを追い詰めたことに満足そうにほくそ笑む吉田。誠は自業自得とは言えアイシャに同情の視線を送った。
「ったく……元気だねえ」
「隊長」
ぬるい調子の声に誠が振り向くと、まだ嵯峨は大鎧を身に着けたまま控え室に腰をかけていた。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 番外編 作家名:橋本 直