遼州戦記 保安隊日乗 番外編
顔を近づけてつばきを飛ばすアイシャに一歩もひかない要。すぐさまジャンプしたランが要の頭をはたいた。
「馬鹿やってんじゃねーよ。甘酒やらねーぞ」
そう言いながら保安隊副長特権で甘酒の列に割り込んで手にしたコップを傾けるラン。
「それより子供が酒飲むのは……」
「アタシは大人だ」
カウラの言葉を切り捨てるとランはそう言って甘酒を飲み干した。
「これ、おいしいですよ。要さん」
誠の一言になぜか機嫌を悪くした要は黙って実働部隊の詰め所のあるハンガー奥の階段に向かって歩き出した。
「素直じゃねーな。あいつも」
その様子を紙コップの中の甘酒で体を温めながら見守るラン。
「あの、じゃあ僕も遠慮します」
誠の言葉にレベッカに代わって甘酒を振舞っていたアイシャが目の色を変える。
「そんな、あいつのわがままに付き合う必要なんて無いわよ」
そう言うとアイシャは警備部のスキンヘッドの兵士から甘酒の入ったコップを奪って誠に持たせる。
「別にそんな……」
「いいから!持っていきなさいよ……これもね」
そう言うとアイシャはもう一杯の甘酒のコップを誠に持たせる。彼女の笑顔に背中を押されるようにして誠はそのまま要のあとをつけた。
誠が甘酒を持って振り返ると要の姿は無かった。早足でそのまま階段をあがって管理部の白い視線を浴びながら隣の詰め所に飛び込む。
「なんだ?……うん。旨そうだな」
第四小隊小隊長ロナルド・J・スミス特務大尉が誠の手の中の甘酒に視線を向けていた。
「ああ、これならハンガーでレベッカさんが配ってますよ」
「あいつは……まあ良いか。ジョージ、フェデロ、行くぞ」
端末のモニターのグラビアを見ていたフェデロ、報告書にペンでサインをしていた岡部がロナルドの言葉で立ち上がる。そしてロナルドは鼻歌を歌いながら出て行った。
そして誠はそっぽを向いて机の上に足を投げ出している要を見つめた。
「お姉さま。また喧嘩ですか?」
奥の席でモニターを覗きながら第三小隊小隊長の嵯峨楓少佐が声をかけてくる。
「うるせえな!」
そう言うと要は目を閉じる。
「ここ、置いておきますから」
誠はそう言って要の分の甘酒を机の端に置いた。
「いいですね、甘酒ですか。遼南でも時々飲むんですよ」
第三小隊三番機担当のアン・ナン・パク軍曹が甘えた声を出して誠の手の中の甘酒を見ている。
「遼南にもあるのか。楓様……」
いかにも飲みたそうな二番機担当の渡辺かなめ大尉。そう言われた楓はキーボードを打つ手を止める。
「そうだな。少し休憩と行くか」
そんな楓の声に横を向いてしまう要。
「西園寺さん……」
誠は彼女の正面の自分の席に座った。
「あいつ等と一緒にいろよ。アイシャとか……」
「お姉さま!」
いじけたような調子の要に楓が声を荒げた。目を開けて楓の顔を見ると、すこしばつが悪そうにアイシャが『変形おかっぱ』と呼ぶ耳にかかるまで伸びたこめかみのところが一番長くなっている髪をかきあげる要。
「飲む」
そう言って手を伸ばす要。誠はようやく笑顔を浮かべて甘酒を要に手渡した。楓は安心したようにまことを見て頷くとアンと渡辺を連れて出て行く。誠と要。二人は詰め所の中に取残された。
「ごめん」
ぶっきらぼうに手を伸ばして軽くコップを包み込むようにして手に取った。そしてゆっくりと香りを嗅いだ後、一口啜って要がそう言った。
「別に謝る必要は無いですよ。ただ要さんにも楽しく飲んで欲しくて……」
「あのさあ、そんなこと言われるとアタシは……」
楓達が甘酒を求めて出て行って二人きりの部屋。少し照れながら楓は両手で紙コップの中の甘酒を見つめていた。
「ふう、良いな。レベッカも胸以外に特技があるじゃねえか」
ようやく気が晴れたのか少し明るい調子で再び甘酒を含んだ要がため息をつく。酒豪と言う言葉では足りないほどの酒好きな要だと言うのに、なぜか頬が赤く染まっていた。
「なんか顔が赤いですよ?」
誠の言葉に要は机から足を下ろす。そして素早くコップを置くとひきつけられるように誠を見る。そして突然何かに気づいたように頭を掻いた。
「き、気のせいだ!気のせい」
そう言って慌てた要がつい甘酒のコップを振って中身を机にこぼした。
「大丈夫ですか!」
誠はハンカチを取り出して要の机に手を伸ばした。その手に要の手が触れる。
「うっ……」
大げさに飛びのく要。奇妙な彼女の行動に誠は違和感を感じていた。
「どうしたんですか?」
「うん……」
黙り込んでいた要だが、誠の目を見るとすぐに視線をそらしてしまう。
「ああ、ちょっとトイレ行ってくるわ。たぶんアイツ等が来るころには戻るから」
そう言うと早足で部屋を出て行った要。誠は要の半分ほど甘酒の残ったコップと取残された。
「ねえ……」
後ろから突然女の声がして飛び上がる誠。そこにはいつの間にかアイシャが立っている。誠は思わず飛びのいて危うく手にした甘酒をこぼしそうになった。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないの。それより要が今何しているか知りたい?」
明らかに悪いことを考えているときの表情のアイシャ。こういうときのアイシャの口車に乗って何度煮え湯を飲まされたかを思い出す誠。そしてアイシャの頭の中がエロゲで支配されていることも知っていた。
「遠慮します!」
「そう、でも要はきっと知ってほしいと……」
「なんでそうなるんですか!」
きっぱりそう言うと誠は自分の席に座りなおす。
「ふーん。本当にニブチンね。おかげで私は……」
にんまりと笑い口に手を添えるアイシャ。大体こういう時はろくな話をしないのを知っているので誠は避けるように自分の席から隣に立っているアイシャを見上げた。
「ニブチンで結構です!」
そう言うと目的も無く端末を起動させる誠。
「なにか気になることでもあるの?」
明らかに慌てている誠をからかうような調子で見つめるアイシャ。
「別に……」
「まあ、いいわ。それならその端末しまって頂戴。ラストの撮影の準備、要が戻ったらすぐできるようにしておきましょう。まあしばらくは戻ってこないと思うけど」
意味ありげに笑うとアイシャはそのまま部屋を出て行く。あっけに取られる誠も部屋の外を歩いているラン達の姿を見て端末を終了させた。
突然魔法少女? 28
スキップでもはじめそうなアイシャの後に続いて進む誠。
「楽しそうですね」
「そう?」
軽快な足取りでパーラの背後に回り胸に手を回すアイシャ。そして両手でパーラの胸に手を回した。
「何すんのよ!」
パーラには叩かれてもアイシャは気にする様子も無くパーラの胸を揉みながらそのまま会議室に入る。
「よう、ラストは俺に任せろよ」
そう言いながら冊子をアイシャに渡す吉田。そこでアイシャが明らかに不機嫌そうな顔になるのを誠は見つめていた。
「何よ、これ」
「台本だろ?他に何に見えるんだ?」
吉田はあっさりそう言うと誠とパーラにもそれを渡していつものモニターの並ぶところに腰掛ける。
「当然だな。これでかなりまともになる」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 番外編 作家名:橋本 直