遼州戦記 保安隊日乗 番外編
そう言うと笑顔で再び作業に戻る吉田。
「はい、飯も食ったな。次のシーンは誰が出るんだ?」
「隊長、いきなり仕切り始めないでくださいよ。次はシャムちゃんと小夏ちゃんと要の三人。それに……」
「僕が出るんだね」
そう言って会議室に入ってきたのは楓だった。あからさまに嫌そうな顔をする要。
「おい、こいつ女だぞ。皇太子って……普通男じゃないのか?」
要が指差す前で本人の言によると『チャームポイント』のポニーテールの先を翻させる楓。
「仕方ないじゃないか……先日の『保安隊イケメンコンテスト』一位になってしまう僕の美貌が罪なんですよお姉さま」
その言葉が事実だっただけに要は呆れて誠を見る。
「まあ、うちの男子は……」
そう言って今度は嵯峨を見る。そして要は深く大きなため息をついた。
「まあな。こいつが選択肢に入っていること自体おかしいんだけど……そうなっちゃったしな」
女子隊員全員にアンケートをした運用部主催の自主イベントで、ぶっちぎりのトップを楓が飾ったことにより隊の男性陣の士気が著しく落ちたことは事実だったので、ただ呆れて楓を見つめる誠だった。
「ったくこいつこういう時だけナルシストに成りやがって……」
そうつぶやいた要を見るとすたすたと歩み寄り要の手をがっちり握り締める楓。
「いえ!お姉さまに与えていただくならどんな辱めでも僕は……」
そこまで言うといきなり楓の後頭部にアイシャの台本が振り下ろされた。
「そんな個人的な趣味の話は後!ランちゃんが驚くでしょ!」
「なんでアタシが驚くんだよ。こいつらの趣味なんか別にどーでも良いからはじめろよ」
すでにカプセルの中にスタンバイしているランの文句にしぶしぶ引き下がるアイシャ。誠はとりあえずこの状況がどう展開するのか気になってカプセルの縁に腰掛けてバイザーをかけた。
しばらく暗闇が続き、すぐに以前見たアジトっぽい雰囲気の部屋が映し出される。
相変わらず楓の役のカヌーバ皇太子の前には緞帳のようなものが下りていて素顔を見ることができない。静々と進んできたラン。そのまま彼女は緞帳の前に立てひざでかしこまる。
「皇太子、メイリーン将軍の作戦は失敗しましたが……」
「もう良い!」
楓の凛とした声が響く。さすがの誠もこういう凛々しい感じは楓に向いているなあと思いながら見つめていた。
「もう良いとは?もう良いとはどういうことでしょうか?」
すがるような声で顔を上げて影だけの楓を見上げて叫ぶラン。
「有機生命体には期待するなと父上がおっしゃっていたが……貴様を見てそれが真実だと私は気づいたところだそれにメイリーンが倒れただと?」
その言葉とともにいかずちのようなものがランに放たれる。
「ウグッ」
「私を勝手に破壊されたと判断されては困るなあ」
ランはそのまま倒れこむ。そしてその視線の前に現れたのは以前の姿よりさらに機械の部分が増えて悪役っぽくなった機械魔女メイリーン将軍こと明華だった。
『アホだ、あの人アホだ』
その怪しげな笑いを見て心の中で叫ぶ誠だが、妖艶な笑みを浮かべながら動けずにいるランのあごを手で持ち上げる姿にひきつけられる誠だった。
「やはり弱いな、有機生命体は。あの程度の仕置きで動けなくなってしまうとは……」
明らかにノリノリな明華をこちらも乗っているランが見上げている。
「貴様……貴様達はじめから……」
「そうだ、お前に期待などしてはいない。運がよければあの雑魚どもの始末もできるかと思ったが、刺し違えることすらできないとは……ほとほと情けないものだな」
緞帳の後ろの楓の冷酷な声にランは唇をかみ締める。
「さあ、亡国の姫君。今すぐに父上と母上のところに行ってしまいなさい!」
そう言うと明華は鞭を振り上げた。だが、その鞭をすんでのところでかわすラン。焼け焦げたマントの下で肩で息をしながら明華をにらみつけている。
「まだ動けたとは……さすがと言っておこう」
そう言うと次々と鞭を自在に操って攻撃を仕掛ける明華。だが、傷つけられながらも致命傷は受けずに逃げる機会を探すラン。
「しつこい!いい加減に!」
そう言って一度鞭を引いたのを見るとランは手を顔の前にかざした。
「しまった!」
明華が呪文を唱えて電流を含んでいるようなエフェクトのかかった鞭の一撃を放ったのは何もいない空間だった。
「転移魔法……」
「失態だな、メイリーン将軍。ここでの処分は君に任せる。あらゆる手段を用いてこの世界を征服したまえ。いいか、あらゆる手段を使ってだ」
緞帳の裏の楓の言葉に戸惑ったような顔をする明華だが、そのまま去っていく影に深々と頭を下げた。
「あらゆる手段……仕方あるまい」
そう言うと明華は立ち上がって謎っぽい機械の中に消えていった。
突然魔法少女? 24
よたよたと採石場を歩くラン。その足取りは非常に重いものだった。
わき腹を押さえる左手が光っているのは治療魔法を使っているからのように見える。それでもぽたぽたと開いた傷口から血が流れ続ける。傷ついた身体では十分な魔力を発生させることが出来ないらしく誠もはらはらしながら見つめていた。
『でもやっぱり採石場か。ここはお約束だな』
自分の案の戦隊モノチックな展開に手に汗握る誠。ランの周りにはすぐに不気味な黒いタイツに骨をかたどるような扮装の手下が現れる。
『ちょっとー!アイシャさんベタ過ぎ!ちょっとベタ過ぎ!』
そんな誠の声も届かずなぜか肉弾戦をランに挑む手下達。小さいとはいえランも教導隊の隊長をしていただけのことはあり、得意の剣を使うまでもなくあっという間に追い散らされる。
しかし、採石場を降りきったところでまた現れる手下。
「きりがないな。これがアタシの運命と言う奴か」
そう言いながら剣を抜くラン。全身に切り傷が増え、剣の切っ先も鈍ってくる。
「そこまでよ!」
突然の叫び声に手下達は採石場の反対側に目を向ける。
そこには二人の少女と一人の女性の姿があった。
「行くわよ!」
そう言うと石の上に立っていた三人が飛び降りる。
まずはシャム。瞬時にピンク色に画面が占められ、すぐに手にした杖のミニチュアが巨大化する。
「友情、愛、そして真実の為に!私は誓う!」
『あのー、また変身呪文が違うんですけど』
脳内で突っ込みを入れる誠の視界の中一杯に回転を始めたシャムの服がはじけとび、白と青の魔法少女のコスチュームが現れる。すぐに小夏の変身シーンに切り替わる画面。同じように今度はオレンジの光の中、くるくる回り黒とオレンジの魔法少女のコスチュームが小夏を包む。
『まさか……』
誠がそう思ったときは遅かった。
要のぴちぴちのレザースーツが黄色い光の中ではじけとび、魔法使いと言うより魔女と言うような胸をわずかに覆う金属製のブラジャーとぎりぎりのパンツ。そしてきらびやかな金色のマントを翻すキャプテンシルバーの姿が現れた。
『違うよ!シルバーじゃないよゴールドだよ!それ』
そんな誠の心の声を無視して三人がランを襲う手下の前に現れる。混乱して敵を認識できない手下。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 番外編 作家名:橋本 直