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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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 同じく皿を受け取ったシャムがいなりずしを皿に乗せながら、衣の付いたどう見てもとんかつにしか見えないものをつかんでいるランに言った。
「おい、どー見たってとんかつ……ああ、あれか」 
 ランはそう言うと皿に乗せたとんかつをそのまま会議室のたたんだテーブルに置いた。
「もしかしてイノシシ?」 
 誠の言葉に大きく頷くシャム。
「猟友会から頼まれたのか。春子さん、こいつ何キロくらい持ち込んだんですか?」 
 嵯峨はそう言うとランがようやく決意が付いたように皿を取り上げるのを見ながらイノシシのとんかつをつかむ。
「去年に比べると少ないわよ。だいたい20kgくらいじゃないかしら」 
「好きだよね師匠も」 
 春子に合わせて小夏もとんかつに箸を向ける。誠もそれに手を伸ばした。 
 遼南の森の中で育ったシャムは狩が得意なのは有名な話だった。非番の時には猟友会のオレンジ色のベストを着てグレゴリウス13世を猟犬ならぬ猟熊にして豊川の町のはずれの農村へ向かう。近年の耕作地の放棄と山林の管理不足からトウワイノシシと呼ばれる2メートルもある巨大な遼州固有種の猪がこの豊川でも問題になっていた。
 イスラム教徒の管理部長シンがいた関係で部隊には直接持ち込んではいないが、春子の『あまさき屋』には時々シャムが狩った猪を持ち込むことがあった。先月も今年の初物と言うことで実働部隊主催の牡丹鍋の会を開いて誠はそこでイノシシの肉を食べたのを思い出した。
「どうですか?要さん」 
 野菜に嫌いなものが多い要は早速ソースをリアナから貰ってイノシシのとんかつを頬張っていた。
「ちょっと硬いけどいいんじゃねえか?」 
 そうして今度は重箱の稲荷寿司に手を伸ばす。誠もそれを見てとんかつに箸をつけた。
「野菜も食わないと駄目だよー」 
 相変わらずの間の抜けた声で嵯峨が蕪の煮付けに手を伸ばす。それは明らかに春子の手作りのようで、優しげな笑みを浮かべながら彼女は嵯峨に目を向ける。
「お茶!持ってきたわよ」 
 そう言いながらポットと茶碗などをリアナとアイシャが運んできた。ついでにこちらの様子を伺いに来た楓と渡辺がモノほしそうに重箱を囲む誠達を覗いていた。
「おう、楓。旨いぞ。食えよ」 
 嵯峨のその声と、柔らかに笑う春子の姿を見て楓と渡辺も部屋に入ってくる。
「はい、お皿」 
 そう言って小夏が紙皿を二人に渡す。
「お姉さま、このカツはおいしいですか?」 
 そう言って要を見つめて微笑む楓だが、要は無視を決め込む。
「引き締まっていて味が濃いな。豚のカツも良いがイノシシのにもそれなりの味があるぞ」 
 カウラの言葉に頷くと楓は箸をイノシシカツに伸ばした。
「それにしてもできるんですか?映画」 
 そう言った誠をにらみつけるアイシャ。
「いえ!そんなアイシャさんを疑っているわけじゃ……だって僕が出た場面でも相当変ですよ。第一どうせみんな演技なんてしてないじゃないですか!」 
「地が出て暴走してるだけってことだろ?」 
 そう言ったのはシャムに自分の分の稲荷寿司ととんかつを運ばせて頬張っている吉田だった。
「そこが面白いんじゃないか。うちの売りは個性だからな。いろいろと変わった連中が出てくる方がうちの宣伝にはなるだろ?」 
 そう言いながら吉田は休むことなくモニターに目を走らせている。
「宣伝?ならねえよ!ただ痛い映画が一つ増えるだけだ」 
 吐き捨てるようにそう言うと要が稲荷寿司に手を伸ばそうとする。それを取り上げるアイシャ。
「なんだよ!」 
「だって宣伝にならないってことはこれは仕事じゃないんでしょ?働かざるもの食うべからずよ」 
 そう言って取り上げた重箱の中の稲荷寿司を口に放り込むアイシャ。勝ち誇ったように要を見ながらおいしそうに頬張る。
「屁理屈言うんじゃねえよ!返せ!」 
「いつから要ちゃんの稲荷寿司になったの?名前も書いてなかったし」 
 アイシャの言葉に頭にきたとでも言うように立ち上がって重箱を奪おうとする要。アイシャもさるものでひょいひょいと要をかわす。
「暴れんじゃねーよ!」 
 ランの一喝で二人ははしゃぐのを止める。誠はどう見ても小学校一、二年生にしか見えないながらも貫禄のあるランに目を見張った。やっていることは小学校だが、教師が側が明らかに大人の要とアイシャ。奇妙な光景に誠は噴出しそうになる。
「でもかなり修正するんだろ?吉田」 
 そんなランの一言で話の中心に戻された吉田は口にとんかつをくわえながら頷く。
「それなら最初からアタシ等のデータを打ち込んでお前が動かしゃいいじゃん」 
 ようやくアイシャから取り上げた重箱の中の稲荷寿司を独占して食べ始める要。
「そんな面倒なこと俺に全部任せようってのか?そんなに給料もらってないぞ俺は」 
 そう言った吉田は今度は嵯峨を見つめた。
「なに、俺の方見てるんだよ。それにしてもこの蕪の煮付け良い出汁が聞いてますね。かつおですか?」 
「ええ、確か惟基さんはかつお出汁の煮物が好きだったと思って……」 
 そう言って今度はこんにゃくの似たものを取り出す春子。
「ああ、クバルカさんもどうですか?こんにゃくは嫌いだったかしら?」 
 春子にそう言われて複雑な表情でそのそばまで紙皿を手に歩くラン。
「すみません、いただきます」 
 殊勝な表情のラン。彼女をニヤニヤ笑いながら見つめているのは要だった。
「やっぱり料理ができる女が良いよな、叔父貴も」 
 誠は状況が分からないでランと春子を見つめていたが、ランが殺意すら感じるような鋭い視線で要を見つめたところから、深くは突っ込まない方が身のためだと思って皿の上のとんかつにかぶりついた。
「それでさあ、あとどんだけやるんだ?」 
 相変わらず春子の差し出す重箱から煮物を口に運びながら嵯峨がつぶやいた。
「ええと、後は。クバルカ中佐がカヌーバ皇太子に見捨てられて最後の決戦に挑むところとメカ姐御との最終決戦……」 
「メカ姐御って誰?」 
 黙っておにぎりを食べていた明華が得意げに話すアイシャをにらみつけた。
「いやあ、お姉さん。メカお姉さん」 
 ニヤニヤ笑いながらつぶやく要に今にも手にした皿を投げつけそうな剣幕の明華。
「へえー、でもそう言うとリアナのことを指すんじゃないのか?」 
 明らかにからかうような表情に変わった明華の言葉。自分が呼ばれたと言うように不思議そうな顔をするリアナ。
「つまりカヌーバ皇太子を倒すところまでは行かないんですね」 
 そんな誠の言葉に首を縦に振るアイシャ。カヌーバ皇太子役と振られていた楓ががっかりしたような表情を浮かべる。要の騎士を自負する彼女はいいところを見せたいという気持ちなのだろうか。そんなことを考えながら出来るだけ目立たないようにと部屋の隅でとんかつを食べる誠。
「やっぱりあれでしょ、基本は『戦いはまだまだ続く!これまで応援ありがとうございました』じゃないの?」 
 完全にゆがんだアイシャの趣味に呆れた笑いを返す誠。
「ロマンだなー、いいなー」 
 言葉の響きだけで感動しているシャム。そんなシャムの後頭部をペンでつつく吉田。
「なによ!」 
「いや、なんでもないから」