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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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「大丈夫だよ。吉田がどうせいろいろいじるんだろ?何とか見れるような作品にはなると思うぞ。それじゃあ続きをはじめるんじゃないのか?」 
 そう言ってそのまま手前の空いていたカプセルに寝転がる嵯峨。
「そうね、吉田さん!お願いね!」 
 アイシャが叫んでみるが、相変わらずモニターから目を離さずに吉田が再び手を上げた。
「次は南條家のシーンだから!お姉さん、お願い」 
「はいはーい」 
 そう言うといつものような満面の笑みで嵯峨の隣のカプセルに身を横たえるリアナ。誠も出番があったのを思い出してまたカプセルの中に戻った。
 目の前に以前、誠も見た実家の台所と寸分たがわぬ部屋のテーブルに座らせられていた。思わず吐き気を催したのは以前ここに乗っていたカブトムシの幼虫を思い出したからだった。
「……そうか。これが……」 
 嵯峨はさすがの切り替えで花瓶に刺された一枝の薔薇の花を見つめている。
「そうです。春子さんはカウラさんのことを思って洗脳に打ち勝って我々を救ってくれたんです」 
 誠はそう言うとテーブルに着く人々を見つめた。カウラは泣きつかれたように呆然とした顔で座っていた。シャムと小夏は黙って嵯峨の父親の南條新三郎を見つめていた。
「春子さん……」 
 嵯峨の後妻南條リアナ役のリアナはハンカチで目元をぬぐっていた。
「生き物はすべて死ぬものだ。嘆くなんざナンセンスだな」 
「貴様!」 
 廊下に出る戸口に寄りかかって立っていたキャプテン・シルバーの世を忍ぶ仮の姿、探偵西川要子役の要がハードボイルドを気取って吐き捨てたのに地に戻ったカウラが怒鳴りつけた。
「それよりマジックプリンス。本題に入ったらどうだ?」 
 要はカウラの目つきをいつものように無視して誠と明石にそう言った。
「娘さんたちの協力がなければ同じ悲劇がまた繰り返されます。幸い小夏さんとシャムさんはどちらも魔法の素質があります!協力を……お願いしたいんです!」 
 そう言って下座の明石が頭を下げている。無茶な設定に苦笑いを浮かべる誠だが、突然思うところがあった。
『あれ、明石中佐は来てなかったよな?』 
 そう思う誠だったが台本どおりちゃんと嵯峨に目を向けた。
「やだ!」 
「そうですか!ありがとうございます!」 
 明石が別の撮影だったことがすぐに分かる展開。そしてにんまりと笑う嵯峨に誠は呆れていた。
『隊長!』 
 そこでシーンが止まりアイシャの叫び声が響く。
「え?何?」 
 明らかに狙っていましたと言う表情の嵯峨に冷たい視線を送る別撮りの明石以外の面々。
「俺だって人の親やってるんだぜ。こんな禿の怪しい親父やいかがわしい探偵もどきや居候の自称娘の恋人の言うことなんて聞けるわけねえじゃん」 
 そう言ってふんぞり返る嵯峨。
『あの、これ物語ですから』 
 慌ててそう言うアイシャだが、完全に面白がっている嵯峨にはまるで無意味な言葉だった。
「やっぱり時にはシュールな展開も良いんじゃないの?こういうあからさまに食い違っている台詞って結構新鮮だろ?」 
『別にポストモダンとか目指してるわけじゃないんですが……おい、アイシャ。いっそのことここから脱構造の新機軸映画にするってのはどうだ?』 
 吉田の一言だが、アイシャがそれに同意しないことは誠にも分かった。
『もう一度。お願いします』 
 はっきりとした言葉でアイシャが言った。
「だってこっちの方が面白そう……」 
『もう一度。お願いします!』 
 今度は怒気を含んだ声でアイシャがそう言った。
「冗談の分からねえ奴だな」 
 そうつぶやくと大きく深呼吸をする嵯峨。
『ああ、今のところ編集と合成でどうにかしますから続きで大丈夫ですよ』 
 吉田の明らかに事務的な言葉を聞いて、誠は止まったままの姿の明石の顔を見つめて満面の笑みを浮かべた。
 ようやく話は台本どおり進んだ。とりあえずシュール展開を希望してアドリブを飛ばしまくる嵯峨を誠とカウラが本題へと引き戻す繰り返しの末、シャムと小夏は誠達と戦うことを嵯峨が許した。
「それならお願いがあるんですけど」 
 またアドリブを飛ばす嵯峨。冷や汗混じりに誠が目をやる。
「この子達って変身するんでしょ?見せてくださいよ。できれば誠一とか言うどっかの馬の骨やそこのグラマーなお姉さんのやつも」 
 ニヤニヤ笑う嵯峨。明石が再び吉田の修正でこのアドリブに対応する会話を展開しようとしている。
「それくらい簡単なことですよ。誠一君と要子さんもよろしいですよね?」 
 いかにも自然に明石が笑顔を向けてくる。要が頷くのを見ると誠も嵯峨の方を見た。
「良いですよ、その程度なら」 
 そこで椅子から一番早く飛び降りたのはシャムだった。そのまま応接間のソファーの上に立つと彼女はジーパンのポケットから小さな杖を取り出した。
「宇宙を統べる力よ!正義を求める人々の心よ!その力を私に!勇気を私に!」 
『また違う!このお話では変身呪文は無いはずだぞ!忘れてるよ、ナンバルゲニアさん!』 
 誠の魂の叫びもむなしく再び変身画面に切り替わる。来ていたボーイッシュなスタイルの服がはじけとび、白と青とピンクの印象的な魔法少女のコスチュームに切り替わる。
「キャラットシャム!ここに参上!」 
『決め台詞要らないし!』 
 また誠の心を無視して立ち上がった小夏は首のイヤリングの飾りを手にする。同じように着ていた服がはじけとび、黒を基調とした魔法の服に切り替わる。
「あの、質問!」 
 再び嵯峨のアドリブである。これはと思い誠も覚悟を決めた。
「なんでしょうか?」 
「服が飛び散ってくるくる回るのはなぜですか?」 
『ストップ!』 
 またアイシャがシーンを止める。
「隊長!これはお約束なんで!」 
「いやあ、知ってはいたけどさ。いつもなんでだろうなーって思ってたんだよ。これまで質問する相手がいなかったからさ。魔法少女とか変身なんたらとかいろいろ知ってそうな神前に答えてもらおうと……」 
『隊長。こんどじっくり三日ほど私のアニメ講座を受けますか?』 
 甘い口調ででアイシャがそう言うと青ざめた嵯峨が首を振る。
『それじゃあここまででいいわ。後は吉田さんの腕で何とかしてもらえるでしょ?それよりお昼にしましょうよ』 
 その一言で画面が消える。起き上がった誠。周りの人々は手を伸ばしたり首を回したりしながら立ち上がる。
「皆さんにお弁当を作ってきたのよ」 
 そう言うと春子は着物の袖を握りながら部屋の隅に走る。
「いつもすいませんね。お礼は?」 
『ありがとうございます!』 
 嵯峨の合図に一同が春子に頭を下げた。
「いえいえ、今日はリアナさんも手伝ってくれましたから」 
 そう言ってまた重箱が広げられる。
「おいしそうだね!」 
「師匠も一緒に盛り付けやってたじゃないですか!」 
 小夏はつまみ食いをしようとするシャムの手を叩いた。
「へえ、シャムも手伝ったのか。これおいしそうだな」 
 そう言って紙皿を配っていたパーラから皿を受け取ったランが手を伸ばす。
「じゃあとんかつを行くぜ」 
「ランちゃんそれとんかつじゃ無いよ!」