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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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 誠が目をこすりながら見るとその少女はランだった。その鋭い目つきは明らかにこの格好をさせられていることが気に入らないらしい。特徴的なランの眼光はぎらぎらと輝きながら誠達を威圧した。
 さすがに上官をこれ以上苛立たせまいとアイシャがめがねをかけて息を整える。それを見たランが怒りに任せるように一気に爆発した感情に任せてしゃべりだした。
「おい、アイシャ!あの連中はなんだ?アタシは子供達が楽しむための子供向け映画だから出るって言ったんだぞ!それになんでこの格好で舞台挨拶しろって……オメー!なんかたくらんでるんじゃねーのか?え?」 
 そう言って食って掛かろうとするランだが、アイシャは腰を落としてランの視線に自分の視線を合わせると頭を馬鹿にしたように撫ではじめた。
「馬鹿野郎!アタシの頭を撫でるんじゃねー!」 
「だってかわいいんだもの。ねえ!」 
 そう言って今度は誠に話題を振ってくる。
「まあ、ネットで人気投票やったらクバルカ中佐の格好が一番好評だったんで……まあ魔法少女モノですとライバルキャラが人気になるのはよくあることですから」 
 誠のフォローは何の足しにもならなかったようで、ランは誠の鳩尾に一撃した後そのまま奥へと消えていった。鳩尾を押さえてうずくまる誠を看病しようとするのはカウラだけだった。要は腹を抱えて笑い、アイシャはそのまま奥へと消えていく。
「しかし、傑作だぜあのガキ。ああいった格好すると本当にガキだな」 
 要の笑いはそう簡単には止まりそうに無い。そこにサラが現れた。
「ちょっと!誠君達。遊んでないで手伝ってよ!あなた達、入場整理の係でしょ?」 
 すぐさまきびすを返して音響用のコードを持って走り回る島田を追いかける。
「入場整理ってあれか?」 
 要は入り口にたむろした集団を思い出していた。
「あまり係わり合いにはなりたくないな」 
 歯に衣着せないカウラの一言。誠も中身は彼等と大差ないのでとりあえず愛想笑いを浮かべて立ち上がった。いまだに腹部に痛みが残り渋い笑みが自然とこぼれる。
「大丈夫か?」 
 気遣うカウラを制してそのまま誠は歩き始めた。
 今回の映画、『魔法戦隊マジカルシャム』の服飾およびメカ、怪獣のデザインをしたのは誠である。とりあえず観衆の期待がそれなりに高いと言うことも分かって、誠はやる気を見せるべくそのままロビーへとたどり着いた。
 先頭の客は誠も何度かコミケで顔を合わせたことのある大手同人サークルの関係者だった。その前に立つアイシャと世間話をしている。
「ずいぶん来てるな。結構入るんだろ?この劇場って」 
 要はタバコを手にしてそのまま喫煙コーナーへと向かう。
「ええ、五百人弱は入ると思いますよ」 
 その言葉に絶句してタバコを落としそうになる要。カウラはロビーに広がる独特な雰囲気にいつものように飲まれていた。要はそのまま足早に喫煙コーナーのついたての向こうに消えた。そんな光景を見ていた誠に近づいてきたのはキムとエダだった。
「それじゃあカウラさんと……要さん!は入り口でこの券を販売してください。それと神前はクレーム対策な」
 そう言って笑うキム。
「無料じゃないのか?」 
 そう言って迫るカウラにキムは親指で客と談笑をしているアイシャを指差した。
「ああ、あの人が漫画研究会の活動資金にするんだとか。それに確かに吉田少佐はきっちり画像処理の料金とか請求するとか言ってたし」 
「俺がどうかしたって?」 
 劇場の扉からは顔中埃だらけの吉田が現れる。キムとエダは敬礼した後すばやく立ち去ってしまう。
「それにしても客よく集めたな。入場料は五百円か。高いのか安いのか……」 
 そう独り言を言うと吉田は再び劇場の中に消えていく。
「何しにきたんだ?」 
 いつの間にかタバコを吸い終えて戻ってきた要は誠の隣で屈伸をしている。
「客の様子でも見に来たんだろ?じゃあ私達もいくぞ!」 
 こういう場所でも責任感を発揮するカウラはゆったりした歩き方でロビーへと歩き始めた。
「これか」 
 カウラはそう言うとエダが用意したチケットの入った箱を見た。隣には釣り用の小銭、そして隣にはパンフレット。そしてその隣には……。唖然とする誠とカウラを見るとアイシャは手早く雑談をしていた客に挨拶をして誠達に近づいてくる。
「これを売るのか?」 
 要はそう言うと薄いオフセット印刷の雑誌を手に取る。表紙の絵はシャム。金髪の男性とひげ面の男が半裸で絡み合っている絵に明らかに引いたように見える要。
「大丈夫よ。今日はあまり女性客にはアピールしていないから売れないと……」
「そういう問題じゃねえ!」 
 要はそう言うと上着を脱いで同人誌の山にかぶせる。それを見たアイシャはやり取りを興味深そうに眺めていた観客に向かって手を広げて見せた。
「皆さん!ここで当部隊西園寺大尉によるストリッ……フゲ!」
 そこまでアイシャが言ったところで要は彼女の前に積まれた同人誌を一冊丸めて思い切り叩く。ヘッドロックをアイシャにかけるとワイシャツの下のふくらみが際立つ。そしてそんな要の姿に盛り上がる観衆。
「ナイスよ……要ちゃん。その反応を待っていたの」 
 首を締め上げられながらにんまりと笑うアイシャに要の腕の力が抜ける。アイシャは器用にそこを抜け出し手をたたいて観客に向き直った。
「それでは皆さん!では受付を開始します!」 
 アイシャはそう言うと彼女の体を張った芸に感心する知り合い達に愛想笑いを浮かべながら手を広げる。いつの間にか受付と書かれたテーブルに座っていたカウラが準備を済ませて先頭に立っていたアイシャの知り合いらしい無精髭の男から札を受け取る。
「五百円に……それじゃあこれがお釣りで」 
 準備が念入りだった割りにこういう客を相手にするのは苦手らしくなんともぎこちない感じで受付をするカウラ。だが、一部の熱い視線が彼女に注がれているのが、そう言うことには疎い誠にもすぐに分かった。
「誠ちゃん、ちょっと列の整理お願いできるかしら?それと要は邪魔だからそのまま帰っていいわよ」 
「んだと!コラァ!」 
 食って掛かろうとする要を押さえつけて誠はそのまま受付のロビーから外に並んでいる列の整理に当たることにした。とりあえず今のところは混乱は無い。だが……。誠は隣に立っている要の様子を伺っていた。明らかに不機嫌である。右足でばたばたと地面を叩いていて、観客達を嘗め回すように見つめる。
 元々それほど要の顔つきは威圧的ではない。どちらかと言えば色気のある顔だと誠は思っていた。遼州や地球の東アジア系にしては目鼻立ちははっきりしていて、特徴的なタレ目には愛嬌すら感じる。
 だが、明らかに口をへの字にまげて、ばたばたと貧乏ゆすりを続けていて、しかも着ている制服は東和軍と同じ。一部のミリタリー系のマニアが写真を取ろうとするたびに威嚇するように目を剥く要。先ほどのアイシャとのやり取りで一回り大柄なアイシャの頭を楽に引っ張り込んだ力を見ていた客達はそんな要にはむかう度胸は無いようで静々と列は進む。
「なんか、僕はすることあるんですかね……」