遼州戦記 保安隊日乗 番外編
後部座席から顔を出す島田とそれをとどめようと袖を引くサラ。サラの予想通り島田の言葉にむっとする要だが、アイシャが肩に手を置いたので握ったこぶしをそのまま下ろす。
「何人乗れるんだ?この車」
広い後部座席を背伸びをして覗き込もうとするランだが、その120センチそこそこの身長では限界があった。
「一応八人乗りですけど?」
パーラの言葉に指を折るラン。
「パーラとサラ、それにアタシと小夏、その友達が二人。楓と渡辺……」
「俺は降りるんですか?」
後部座席から身を乗り出して島田が叫ぶ。
「お前のはあそこだろ?」
ランが指をさす先にはキムの軽自動車が止まっていて、すでにエダが助手席に座っていた。
「それなら私もそっち行くわね」
そう言って降りるサラ。だが島田は小さいキムの車の後部座席が気に入らないのか、しばらく恨めしそうにランを見つめた後、静かに車から降りる。
「残りはカウラの車だな。頼むわ。アタシ等は楓と渡辺が来るのを待ってるから」
そう言いながら明らかに高い車高の四輪駆動車のステップを無理のある大またで上がるラン。思わず笑いそうになった要をその普通にしていても睨んでいるように見える眼で睨みつけた後、ランはそのまま後部座席にその小学生のような小さな体をうずめた。
「じゃあ……ってタオル確か持ってきてたよな、アイシャ」
手に車のキーを持っているカウラが髪の毛を絞っているアイシャに声をかける。
「ああ、持ってきてたわね。じゃあ急ぎましょう」
そう言うと小走りにカウラのスポーツカーを目指すアイシャ。
「西園寺さんも……」
誠が振り向こうとすると要は誠の制服の腕をつかんだ。
「誠……」
しばらく熱い視線で見つめてくる要に鼓動が早くなるのを感じる誠。だが、要はそのまま誠の制服の腕の部分を髪の毛のところまで引っ張ってくると、濡れた後ろ髪を拭き始めた。
「あのー」
「動くんじゃねえ。ちゃんと拭けねえだろ?」
誠は黙って上官の奇行を眺めていた。
「なにやってんのよ!こっちにちゃんとタオルあるから!」
要を見つけて叫ぶアイシャ。仕方なく要は誠から手を放すとカウラの車に向けてまっすぐ歩き始める。
「それにしても、アタシ等はセットで扱われてねえか?特にあの餓鬼!かなりムカつくんですけど!」
そこまで言ったところでランのことを思い出して、右手を思い切り握り締める要。
「まあ良いじゃないの。あのおちびちゃんも要ちゃんを注意することでなんとか威厳を保っているんだから。それより誠ちゃんさっきので制服の袖、油臭くなってない?」
そう言いながら誠の腕を持ち上げるアイシャ。
「油ってなんだよ?アタシはロボか?」
いつもなら食って掛かるところだが、要は黙ってカウラのスポーツカーの後部座席に乗り込んだ。
「殴らないのか?」
カウラはそう言いながら誠とアイシャが乗り込んだのを確認するとエンジンをかける。
「餓鬼とは違うからな」
そう言いながらシートベルトを締める要。確かにランが正式配属になった去年の晩秋から、要が誠を殴る回数は確実に減っていた。車は駐車場から出て、石畳の境内をしばらく走った後、駅に続く大通りに行き着いた。
「いつものコインパーキングでいいでしょ?」
そう言うアイシャに頷くカウラ。
「市民会館か。そう言えばあそこはアタシは行ったことねえけど……どんなだ?」
そう言って後部座席の隣に座っている誠を見つめる要。
「普通ですよね、アイシャさん」
誠の言葉に頷くアイシャ。それを見てカウラが怪訝そうな顔をする。
「カウラ誤解すんなよ。こいつ等のアイドル声優のコンサートチケットをアタシが確保しておいたことがあっただけだ。それに当然シャムと小夏も一緒だったからな」
ハンドルをカウラが握っていると言う事実が要を正直にした。節分の祭りを見に来た観光客でごった返す駅から続く道を進み、銀座通り商店街を目指す。
「そう言えば今日は歩行者天国じゃないの、市民会館前の道」
そう言うアイシャにカウラはにやりと笑みを浮かべる。いつもの道の手前で車を右折させ路地裏に車を進める。
「このルートなら大丈夫だ。普段は高校の通学路で自転車が多いから使わないんだがな」
車がすれ違うのが無理なのに一方通行の標識の無い路地裏を進む。アイシャと要はこれから起きることが予想できた。
軽トラックが目の前に現れる。今乗っているのがキムの軽自動車なら楽にすれ違えただろう。あいにくカウラの車は車幅のかなりあるスポーツカーである。カウラはため息をつくとそのまま車をバックさせた。軽トラックのおじいさんはそのまま車を近づけてくる。
結局、もとの大通りまで出たところで軽トラックをやり過ごした。
「大回りすればいいじゃないの……」
呆れたように言うアイシャだが、意地になったカウラは再び車を路地へと進めた。
突然魔法少女? 3
それから同じように途中まで進んでは戻ると言う動作を三回繰り返した後、ようやく車はいつものコイン駐車場に到着した。
「カウラちゃんて……結構頑固よねえ……」
助手席から降りたアイシャが伝説の流し目でカウラを見つめた。カウラはとりあえず咳払いをしてそのまま立ち去ろうとする。
「おい!鍵ぐらい閉めろよ。それとも何か?お前も今のアイシャの流し目でくらくらきたのか?」
後部座席からようやく体を引っ張り出した要が叫ぶ。その言葉を口にしたのが要だったことがつぼだったようでアイシャは激しく腹を抱えて笑い出した。以前、楓がこの流し目を見て頬を染め、それからはすっかり要と並ぶ身も心も捧げたいお姉さまの一人となっていることが彼女の流し目を『伝説』と呼ばせることになった。カウラはあわてて車のキーを取り出して鍵をかける。
そのまま造花とちょうちんに飾られたアーケードの下を進む四人。いつもの保安隊のたまり場、小夏の実家のあまさき屋とは逆方向の市民会館に向かって歩く。そしてフリーマーケットの賑わいを通り過ぎた先にどう見ても怪しい集団が取り巻いている市民会館にたどり着いた。
年は30歳前後が一番多いだろう。彼等は二種類に分類できた。
一方は迷彩柄のポーチや帽子をかぶり、無駄に筋肉質な集団。そしてもう一方はアニメキャラのプリントされたコートなどに身を包む長髪が半分を占める団体である。
「おい、アイシャ。お前どういう宣伝をやったんだ?」
違和感のある観客を見てものすごく不機嫌そうな顔をする要。アイシャはただニヤニヤと笑うだけで答えるつもりは無い様だった。そのまま彼らから見つからないように裏口の関係者で入り口に向かう。そこにはすでにシャムが到着していた。いつものように東和軍と共通のオリーブドラブの制服。そして帽子だが、シャムの帽子には猫耳がついている。
「お前も相変わらずだなあ……」
呆れながら声をかける要を見つけるとシャムはそのまま中の通路に走り出した。
「おい!アイシャ!これ!」
そう言ってゴスロリドレスを着込んでステッキを持った少女がめがねをアイシャに渡す。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 番外編 作家名:橋本 直