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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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「まあ諦めることだ。在外武官というものは常に忙しいか暇かどちらかだと父上も言っていたぞ」 
 フェデロの顔を哀れむように見ながらモニターの電源を落とした楓が立ち上がる。その言葉で誠は彼女の父であり保安隊の部隊長、嵯峨惟基が始めて任官したのはこの東和の大使館付き武官だったと言うことを思い出した。その時に道場破り同然に誠の実家の剣道場に現れた嵯峨惟基、当時は西園寺新三郎と名乗っていた胡州陸軍士官がいたという。その様子は母から何度も聞かされていて誠の頭の中にしっかりと残っていた。
「さてと、今日は寮の飯は……ロールキャベツだったよな」 
 そう言うと要がカウラの肩に手を乗せた。
「おごるからあまさき屋に行くってのはどうだ?」 
 要は非常に好き嫌いが多いたちなのは有名だった。ロールキャベツのキャベツ。そして付け合せのにんじん。どちらも要の嫌いな食材だった。
「貴様の奢りならかまわないが……神前も行くだろ?」 
 普段の安心したような顔で誠に笑いかけるカウラ。
「ええ、悪いですねいつもおごってもらってばかりで」 
「決まりだな!じゃあ……」 
「待ちなさいよ!」 
 部屋を出ようとした要の前にはアイシャが立ちはだかっている。
「なんだよ。オメエはまた泊りか?ご苦労なこったな」 
 そう言ってアイシャをすり抜けようとする要の肩をつかむアイシャ。
「あまさき屋に行くつもりでしょ?私達にも……」 
「やなこった!」 
 要はアイシャの顔にキスできるほど近づいてそう言うと部屋を出ようとするがそこには小夏とシャム、そしてサラとパーラが立っていた。
「おい!こいつ等の分まで出せっていうのか?」 
「外道だな、西園寺は。奢ると言ったら気前良く行くのが胡州侍の心意気だろ?」 
 サラの後ろに隠れていた小夏が叫ぶ。その言葉に要はつかつかと小夏に迫って行った。
「あのなあ、アタシは客なんだぞ。いつも外道呼ばわりしやがって。カウンターを三回壊したくらいで偉ぶるんじゃねえ!」 
「西園寺、壊したのは四回だ。それとテーブルを三つ、椅子を10脚くらい付け足しておけ」 
 そう言うとカウラは要と小夏の脇を通り抜けて誠をつれて更衣室へ向かう廊下を早足で歩いた。
「良いんですか?カウラさん。西園寺さん喧嘩を始めそうですよ」 
 先に立って歩いていくカウラに誠は恐る恐る声をかける。
「いや、喧嘩にはならないだろ。あいつは金のことでは喧嘩をしないからな」 
 要のことはすべて分かっているというように歩き続けるカウラ。
「でも……」 
「安心しろ。あいつの持ってるカードはサイン一つで巡洋艦が買えるようなカードだ。西園寺の家の裏書にはその位の価値があるということだ」 
 あっさりそう言うと女子更衣室に消えてしまうカウラ。誠は振り向いた。遠くに見える要達はなにやら耳を寄せ合いながら時々誠を眺めるようなそぶりをしていた。
 その時急に誠の体は体重を預けていた男子更衣室に引きずり込まれた。
「神前先輩!」 
 倒れそうになった誠を抱き起こしたのは第二小隊のアン・ナン・パク軍曹だった。思わずあわててアンの手の中から逃げ出す誠。
「先輩!」 
「あのなあ……くっつくな!キモい!」 
「先輩……」 
 そう言うと涙目で誠を見つめてくるアン。西と同じ19歳の最年少と言うことで隊の女性陣に可愛がられているアンを泣かせるのは本意ではない。しかし誠はねっとりとしたアンの視線はどうしても苦手だった。
「着替え終わったら外で待ってろ。俺達はあまさき屋に行くから連れて行ってやる!」 
「え!本当ですか!」 
 満面の笑みを浮かべるアンはそのままダウンジャケットを手にしたまま浮かれて更衣室を飛び出して行った。誠は安堵のため息を漏らすと自分のロッカーを開く。背中で再び更衣室のドアが開いた気配を感じて振り向いた誠の前には整備班のつなぎ姿の島田が立っていた。
「おう、お前なあ。あれどうにかしろよな!」 
 入ってくるなり誠にそう言うと廊下の先で騒いでいる要とアイシャを指差した。
「あれ、僕の責任ですか?」 
「クラウゼ少佐と西園寺大尉はお前の担当だろ?」 
「担当とかそう言うことでは無いと思うんですけど」 
 苦笑いを浮かべながら上着をハンガーにかける。
「それじゃあアンだけじゃなくて俺とサラの分もお前が払えよ」 
「なんですか?それは!」 
 島田の突然の発言に驚く誠だが、すぐに島田がアンとの会話を聞いていたことに気づいて顔を赤く染めた。
「男女を問わないモテモテ野郎の有名税だ。あれだろ?最近アイシャさんが始めた同人誌の通販がうまく行ってるらしいじゃないの。俺にもたまにはその環境を整えてあげている感謝の念を持ってもらわないとねえ」 
 そう言いながら島田は素早くつなぎを脱ぐとビンテージモノのジーンズに足を通しながら誠を見つめていた。
「分かりましたよ!でも今回だけですよ」 
 そう言うと誠はジャンバーを羽織る。目の前では、してやったりと顔をほころばせる島田がいた。
「まあ俺としてはお前のことは買ってるんだ。俺もパイロット志願だったから分かるが操縦技術の上達速度はやっぱりお前さんの方がずっと上だからな」
 島田はそう言いながらロッカーからヘルメットの入った大きなかばんを取り出し、その後ろから手鏡を取り出すと髪の毛を整え始めた。
「あ、ありがとうございます」 
「まあそれじゃ……」 
 立ち上がろうとした島田の首筋に外から手が伸びてきてそのまま入り口に引っ張られる。
「ほお、島田。後輩に飯をおごらせるとはずいぶん了見の狭い先輩じゃねえか……え?」 
 ぎりぎりと島田の首を締め付けながらそう言ったのは要だった。
「西園寺さん、ちょっと……首!」 
「おう、神前。こいつとサラとアンの飯代はアタシが出すぜ。まあその分こうして……」 
 さらに締め上げる要の腕に島田がばたつく動きを弱め始めた。
「おい、西園寺。殺すなよ」 
 茶色いコートに長い明るい緑のポニーテールを光らせるカウラが笑顔で要にそう言った。
「た……た……」 
「正人、自業自得よ」 
 思わずサラに助けを求めようとした島田だが、サラもまたこの状況で要を説得できるなどとは思ってはいない。
「ちょっと!死んじゃいますよ!やめてくださいよ!顔が青くなって来ましたよ!」 
 誠の言葉を聞いて初めて要は手を離した。そのまま四つんばいになって咳き込む島田。
「大丈夫?正人」 
 そう言って駆け寄るサラだが、本気で心配しているような様子は無い。
「じゃあいいわ。アタシのおごりだ!吐くまで飲めよ!」 
 そう言って女子更衣室に消えていく要。続いて入ろうとするアイシャを誠は呼び止めた。
「どういう話し合いをしたんですか!また二日酔いで出勤は嫌ですよ!」 
 真剣な顔でそう言う誠だが、アイシャはそれに楽しそうに笑みを浮かべただけで彼の手を振り切って更衣室に消える。
「まあ、残念としか言えないな。とりあえず胃薬を用意しておいたが……飲むか?」