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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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 コートのポケットから錠剤の胃薬の入ったビンを取り出すカウラ。彼女がこういうものを必要としない自制心のある女性だとは知っていたので、それが自分に飲ませるために買ったものだと言うことは誠にも分かった。
「とりあえず後で頂きます」 
「いや、これは食前に飲むのが良いらしいぞ」 
 そう言って少し笑みを浮かべながら錠剤の蓋を開けるカウラ。そのまま彼女から三錠の胃薬を受け取るとそのまま誠は一息にその錠剤を飲み下した。


 突然魔法少女? 22


「大丈夫か?神前曹長」 
 カウラがそう言ったのが当然だと誠も自分で思っていた。頭痛と吐き気は、今朝、要にたたき起こされたときから止まることを知らない。こうしてモニターを見ていてもただ呆然と文字が流れていくようにしか見えなかった。
「おい、医務室行った方がいいんじゃねえの?」 
「誰のせいでこうなったと思って……」 
 とぼけた顔の要に恨み言を言おうとして吐き気に襲われて口を覆う誠。そんな様子を一目見るとロナルド・J・スミスはあきれ果てたような顔でコートの上のマフラーを首に巻きつける。
「すまないな、昨日徹夜だからどうにもねえ。あがらせてもらうぞ」 
 そう言ってドアのところで待っている岡部とフェデロのところへと向かう。
「お疲れ様です!」 
 元気良くそう彼等に良いながら部屋に入ってきたのはアンだった。その手には誠の痛い絵のマグカップが握られている。
「神前先輩。これ」 
 アンが差し出す渋そうな色の緑茶。普段ならアンの怪しい瞳が気になって手を伸ばさないところだったが、今の誠にはそんな判断能力は無かった。
「ありがとうな、しかし渋いな」 
 そう言いながら一口茶を啜るとため息をつく誠。
「おい、これじゃあ仕事にならねえな。寮で寝てた方が良いんじゃねえのか?」 
「だから西園寺。こうなったのは誰のせいだとさっきから聞いてるんだ私は!」 
 無視されてさすがに頭にきて怒鳴るカウラ。それがきっかけでにらみ合う二人。女性上司の対立も、今の誠には些細なことに過ぎない。絶え間ない吐き気と頭痛にただ情けない笑いを浮かべることしかできなかった。
「みんないるわね!」 
 元気良く部屋に飛び込んできたのはアイシャだった。今朝、同じように二日酔い状態でカウラの車に乗り込んだはずのアイシャがやたら元気良くしている。その姿を見てうらやましいと言う表情で見上げる誠。
「なに?誠ちゃんまだつぶれてるの?」 
「アイシャさん。なんで平気なんですか?」 
 そう言うのが精一杯と言う調子で言葉を吐き出す誠の背中を叩くアイシャ。思わず吐きそうになりながら再び誠が口を手で覆う。
「はい!病は気からよ!気合があれば病気なんてすぐ治るわ!」 
「オメエは一年中病気だろ?」 
 そうつぶやいた要をにらみつけるアイシャ。だが、アイシャの手に台本のようなものが握られているのを見て要は露骨に嫌な顔をした。
「オメエが元気ってことは、昨日の続きをはじめるとか言うことか?」 
 そう言う要に顔を近づけていくアイシャ。要はその迫力に思わずたじろぐ。
「あたりまえじゃないの!」 
 アイシャはそう言うと再び第二小隊のカウラ、要、誠の顔を見回す。
「さあ!今日も張り切っていくわよ!移動、開始!」 
 誠はそんな元気がどこから出てくるのだろうと不思議に思いながら部屋を出て行こうとするアイシャを見つめていた。
「本当にやるんですか?」 
 力なく誠は立ち上がった。世界がぐるぐる回っている。
「諦めろ。ああなったアイシャは誰も止められねえよ」 
 そう言って立ち上がって開いたドアを支えている要。カウラは心配そうに誠の肩に手を当てた。
「大丈夫か?なんなら無理しなくても良いんだぞ」 
 そう言ってエメラルドグリーンの瞳を向けるカウラ。思わず自分の頬が染まると同時に、要とアンから殺気を帯びた視線が来るのを感じてそのまま部屋を出た。
「あれ?女将さんじゃんよ、あれ」 
 昨日、撮影に使った会議室に紺色の留袖姿の家村春子が入っていくのが見える。
「また呼び出したのか?本当にアイシャは遠慮と言うものがないな」 
 呆れながら誠を見つめてくるカウラ。立ち上がってしばらくは胃の重みが消えて楽になってそのまま先を行く要についていく誠。
「あ!」 
 女子トイレからの突然の声に誠が目を向ける。そこには中学校の制服姿の家村小夏がいた。
「ヘンタイ!」 
 誠にそう言うと会議室に駆けていく小夏。それを見てにんまりと笑う要。
「また脱いだんですか?僕」 
 何を言い出すか分からない要から目を背けてカウラを見つめる。そんな誠には残酷な光景、カウラは首を縦に振った。
「ああ、またですか……はあーあ」 
 大きなため息をつくとさらに足取りが重くなる誠。さらにさっきは楽になった胃が別の意味で重くなるのを感じる。
 そんな彼の前に法術特捜の部屋から出てきたのは嵯峨茜だった。その後ろにいつもおまけのように付いているカルビナ・ラーナ捜査官補の瞳に軽蔑の表情が浮かんでいるのを見て、さらに誠は消え去りたい気分になった。
「お仕事お疲れ様。それにしても皆さんお忙しいことですわね」 
 上品に笑う茜だが、そりの合わない要は鼻で笑うとそのまま会議室へ消えていく。
「しかし、よくあれだけのデータを東和警察から持って来られましたね。去年私が北豊川トンネルの落盤事故の資料を探しに言ったときは体よく断られましたから……何かコツでもあるんですか?」 
 カウラの言葉ににっこりと笑う茜。その物腰はあの保安隊隊長の娘であるということを忘れさせるような優雅なものでいつも誠は不思議な気分になった。
「まあそれだけ法術と言う存在を明らかにする必要性が高まっていたと言うことが原因かも知れないですわね。もしお父様が『近藤事件』で神前さんの力を引き出して見せなくても、誰かが表ざたにすることは東和警察も覚悟をしていたんだと思いますわ。そしておかげで私達法術特捜はこの人数でも十分活動可能な状況を作り出すことができましたし。そこだけは幸運と言っても良いんじゃないかしら」 
 そう言うとラーナをつれて保安隊の隊長室に向かう茜。
「確かにパンドラの箱は開かれるのを待っていたわけか」 
 カウラがそう言うと歩き出す。誠も吐き気を抑えながらその後に続く。
「早くしなさいよ!ダッシュ!」 
 会議室のドアから顔を出すアイシャの声が廊下一杯に響いた。
「それじゃあ、はじめるわよ。カウラ、誠ちゃん。準備お願い」 
 そう言って目の前のカプセルを指差すアイシャ。その隣でニヤニヤと笑うシャムとラン。ここがこの物語の役でいう所のヒロイン姉妹南條シャムと南條小夏の腹違いの姉、南條カウラと神前寺誠一のデートの場面だと誠にも分かった。
「ちょっと待って、アイシャさん。誠君凄く顔色悪いじゃないの」 
 春子のその一言は非常に助かるものだった。誠は天使を見るように春子を見つめる。だが、春子は手にしていた袋から一つのオレンジ色のものを誠に差し出した。
「あのーこれは?」 
「干し柿よ。二日酔いには効くんだから。アイシャさんもさっき食べてたわよ」