遼州戦記 保安隊日乗 番外編
「良いじゃねえか!このくらいの気迫が無けりゃあ戦いなんてできないもんだ」
相変わらずどう見ても敵の魔女と言うか機械人間のように見える要が良い顔でシャムの頭を撫でる。
「そんなスポーツじゃないんだよ!いつかは決着をつけなきゃいけない……」
そう叫ぶグリンの口に手をやる要。
「それよりこのままにしておくつもりか?」
要はそう言うと下の光景を見下ろした。グリンだけでなくシャムも小夏も眼下の光景を眺めた。神社と小学校の木々の頭の部分が焼け焦げ煙を揚げている。一方ランが突風を吹かせた影響で小学校のガラスがすべて砕けて無残な姿を晒していた。
「分かりましたよ!後で明石司令に報告します!」
そう言うとグリンは両手を広げた。彼の手からあふれ出た光の粒が小学校と隣の鎮守の森を包む。木々は再び生き生きと茂り始め、小学校の砕けた窓ガラスが元に戻っていく。
『これは凄いな』
『え?カウラさん来てたんですか?』
突然のカウラの声に少しばかり焦る誠。次のシーンは明石の喫茶店に誠に会いにカウラがやってくる場面になるはずだった。
画面では小学校の屋上に舞い降りてもとの制服姿に戻るシャムが映されていた。
『おい、アイシャ。ちょっといろいろといじりたい場面があるんだが……少し休憩ってことにならないかな』
吉田の声が響く。
『そうですか、じゃあしばらく休憩しましょう』
映像関係の責任者の吉田の一声で、バイザーの中に映っていた画面が消える。誠はそのままヘルメットを外してカプセルから起き上がる。
「あー疲れた……あっ!食べちゃったんだ!ずるいんだ!」
いち早く飛び上がるようにして起きていたシャムが入り口に置かれたおはぎが入っていた重箱が空になったのを指して膨れっ面をしている。
「だって硬くなったらもったいないじゃない!」
そう言って重箱に蓋をしているサラ。その脇ではシャムの怒っている姿が面白いのか、珍しくニコニコ笑いながら明華と明石が口を動かしている。
「よし、それじゃあ仕事に戻るぞ」
そう言うとカウラは誠の襟首をつかむ。シャムとサラ達がにらみ合っている状況を見物していた誠は要の手を引っ張って会議室から廊下へと歩き出した。
「なんだよ神前。アタシは仕事は終わってるんだよ!」
そう言って逃げ出そうとする要に誠は泣きついた。
「僕の端末の画面をどうにかしてくださいよ」
廊下に出た誠の言葉に頭を掻く要。そして思い出したように要が手を打ったところから彼女が自分のしたことを忘れていることに誠はただ呆然としていた。
「分かったよ。しかし、オメエ等仕事が遅いねえ」
「電子戦対応装備のサイボーグを基準で判断されてはたまらないな」
そう言ってカウラは要を余裕の表情で一瞥するとそのまま実働部隊の部屋へと向かう。部隊長の余裕を見せられた要は明らかに含むところがあると言う表情でカウラについて歩く。
「まあ、しゃあねえかな。隣の怖い警視正殿の面目を潰すわけにもいかねえだろう……しな!」
そう言うと要は法術特捜の間借りしている部屋のドアを開けた。ドアには茜が張り付いていたが、誠と目が会うと空々しい笑顔を浮かべて茜は奥へと消えていった。
「信用ねえな、神前は」
「え?僕がですか?」
不満そうな誠の声を聞くといかにもうれしそうな笑顔を浮かべて早足で詰め所に向かう要。さっさと部屋に入ったカウラに二人は顔を見合わせてドアを開く。
「おっとロナルドの旦那、戻ってたんだ」
要の言葉に誠も部屋の中を覗き込む。コーヒーを飲みながら誠の端末の画面を見ながら談笑している第四小隊の三人の姿が見える。
「おっと!マジックプリンスとキャプテン・イッサーの登場だ!」
地声の大きいフェデロ・マルケス中尉の声に照れ笑いを浮かべる誠。一方、隣にいた要は先ほどの自己陶酔演技を思い出したのか顔が真っ赤になっていく。
「おい、フェデロ!あんまりからかうなよ」
慎重派のジョージ・岡部中尉はそう言うと誠の端末の前から自分の席へと戻る。そんな部下達に肩をすぼめてそのまま自分の席に戻って仕事をはじめる第四小隊小隊長、ロナルド・J・スミス上級大尉。
「まあいいや、神前ちょっと待ってろ」
誠のモニターは相変わらず映画の画面が映し出されていた。吉田がシャムとランの戦いの場面で画面を固定しているようで、スローで再生しながら映像効果を付け加えている様子が分かる。要は端末のモニターのジャックに首筋から取り出したケーブルをつなげた。
すぐさま画像が切り替わり、茜に指示されたプロファイリング資料が映し出される。
「ああ、これでようやく仕事ができそうですよ」
「そうか。それなら今隊長室に呼び出された奴の分までがんばれや」
要はそう言うと自分の席に戻る。
「呼び出された?」
そう言ってカウラの顔を見ると彼女はすぐにドアの外を指差した。隊長室をノックしているアイシャの姿が見える。
「ああ、安城さんが来るのが分かってれば対策も立てれたのにねえ。吉田の奴、知ったんだろうな」
連続放火事件のファイルをモニターで眺めながらコメントをくわえる作業を続けているカウラが画面を見たままそう言った。嵯峨がどうしても下手に出なければならないまじめに仕事をすることを要求する相手。それが安城秀美少佐だった。司法局の特殊部隊でも一番精鋭とされる機動部隊の指揮官の来訪で嵯峨が形式的なお小言をアイシャにしなければならなくなった様子を見ながら誠は大きくため息をついた。
「たぶんそうだろう。性格悪いねえ吉田の電卓野郎は」
要は机に足を投げ出してそのまま天井を見ながら人の悪そうな笑みを浮かべていた。誠はようやく連続放火事件の資料の整理を終えて最後の車上荒らしの事件の資料を探すために画面をスクロールさせていた。
「でもこれでしばらくはアイシャに付き合う必要もなくなるな」
そう言って笑う要。それに誠は愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「じゃあ仕事がんばれよ」
要に言われて苦笑いを浮かべる誠。カウラはすでに仕事に集中していた。
突然魔法少女? 21
誠が予想したとおり空気を読めるアイシャはおとなしくなり誠達にはアイシャからの呼び出しもかからず何事も無く終業時間を迎えた。法術系事件との関連を疑われていると言うことで整理していた事件のファイル。そんな茜から渡された資料のまとめがようやく終わり、あとは最終チェックをするだけになっていた。隣の席で襟首のジャックに直接コードをつないでずっと音楽を聴いていた要が机から足を下ろす。
「さてと、今日も終わりか。カウラ、神前。着替えるぞ」
そう言う要に専用端末のキーボードをずっと叩いていたカウラが疲れたというように伸びをした。誠も端末のデータを保存する処理を行った後、軽くこった肩を叩いた。
「良いねえ、第二小隊の連中は。こっちは徹夜になりそうだな」
新型アサルト・モジュールの運用データの整理をしていた第四小隊。いつもこらえしょうがないフェデロはそう言うと恨みがましい目で誠を見つめてきた。
「そんな目で見ないでくださいよ」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 番外編 作家名:橋本 直