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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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「本当に!みんな意地悪なんだから!」 
 しなを作りながらよたよたと教壇に向かうアイシャ。なぜか眼鏡をかけているのはお約束ということで誠は突っ込まないでいるつもりだった。
「はい!静かに!礼!」 
 委員長の言葉で一斉に礼をする生徒達。
「着席!」 
 再び生徒達は一糸乱れず席に着いた。大学以外は公立学校で過ごしてきた誠は少し違和感を感じながら目の前の小学校の教室を見つめていた。アイシャは知識は脳へのプリンティングで得ているはずなので彼女の学校のイメージが良く分かった。それを見て誠はニヤニヤしながらバイザーの中の世界の観察を再開した。
「皆さん!算数の宿題はやってきましたか!」 
「はーい!」 
 元気な小学生達。中央の目立つ席についているシャムも元気に答える。
『あの、ナンバルゲニア中尉!はまりすぎ!』 
 完全に小学生になりきっているシャムに誠は苦笑いを浮かべた。
「そう!みんな元気にお返事できましたね!じゃあ早速これから書く問題をやってもらうわね」 
 そう言ってアイシャは相変わらずなよなよしながら黒板にチョークで数式を書き始めた。
『いまどき黒板は無いだろ!僕の小学校も磁力式モニターだったぞ!』 
 突っ込みたい衝動に駆られる自分を抑えて誠はアイシャの後姿を眺める。
『おい、神前』 
 出番の無い要が呼びかけてくる。
『東和ってまだ黒板使ってるのか?』 
『そんなわけ無いじゃないですか!アイシャさんの暴走ですよこれは』 
『ふーん』 
 納得したようにそう言うと黙り込む要。10問の数式を書き終えたアイシャは満面の笑みで振り向く。
「じゃあ、この問題を誰にやってもらおうかしら?」 
 アイシャがこう言うと一斉に手を上げる子供達。だが、シャムは身を縮めてじっとしている。
「あら?シャムちゃんどうしたの?」 
 ポロリとアイシャがそう言うと周りの生徒達がシャムに目を向ける。
「あ!こいつ計算苦手だからな!」 
「そうだよ!南條は算数できないからな!」 
 二人の男の子がそう言って笑う。それを見て怒ったように頬を膨らませたシャムが手を上げる。
「そんなこと無いよ!先生!私を指名してください!」 
 勢いよく立ち上がるシャムにアイシャは困ったような顔をした。
「良いの?本当に」 
「大丈夫です!」 
 そう言うとシャムはそのまま黒板に向かう。背の小さい彼女は見上げるようにして一番最初の数式を見つめた。そしてゆっくりと深呼吸をする。
『あれくらいは解けるだろ?一応あいつは高校出てるんだから』 
『そうですね』 
 要の言葉に誠も余裕を持ってシャムの方を眺めた。いわゆる鶴亀算の書かれた黒板の文字を凝視するシャム。彼女はゆっくりとチョークを手に持った。
『まさかな……分からないとか言わねえよな……』 
 シャムの動きが止まったのを見て要の口が重くなる。
 しばらく経つ。そしてチョークを手にした腕を持ち上げる。
『大丈夫なんだろうな。あいつが小学生並みなのは良いが小学生以下ってことになると問題だぞ』 
 さすがに要も保安隊のエースとして知られるシャムが小学校5年生の算数の問題ができないと言うことになれば良い恥さらしになると言うことに気づいた。
 シャムは一瞬だけ黒板に触れたがすぐに手を引っ込めた。
『おい!』 
 その姿に誠と要は同時に突っ込みを入れていた。
 誠は黒板の前で困った顔をしているシャムを見て問題を読み始めた。答えはすべて5。第一問さえ分かれば他の問題もすべて答えられるものだった。
 だが、シャムは困った顔でアイシャを見つめる。
「あらー南條さん、分からないのかな?」 
 冷や汗を流しながらヒロイン南條シャム役のシャムを見つめるアイシャ。シャムはすぐに隣にあった椅子を指差した。
「先生!届かないからこれを使って良いですか?」 
「良いわよ!」 
 さすがにこの問題が分からないわけが無いだろうとほっとしてそれを許可するアイシャ。シャムはそのままその椅子を運んでくると一番上の問題の下にそれを置く。
 そのまま問題と見詰め合うシャム。
『5だぞ!その回答5だぞ!』 
『外道!そんなこと言わなくても師匠なら分かる……はず……』 
 シャムと多くの行動を共にしている小夏でもシャムのことが心配のようでそのままシャムに連絡する。シャムはそれを聞いてすべての答えに『5』と言う正解を書き始める。
『あーあ、不自然。これまずいんじゃないですか?』 
 シャムが楽しげに何も考えずに小夏の回答を聞いて答えを書いていく有様に呆れる誠。
『あいつに空気を読めとか言うのは無駄だろ?』 
 要はそう言って乾いた笑いを漏らす。そのままシャムはすべての回答に5と言う数字を書き込むと意気揚々と自分の席に戻った。
「凄いわねシャムちゃん!全部正解よ!」 
 アイシャは明らかに不自然なシャムの行動をとがめるわけにも行かず歯が浮くような白々しさでそう言ってのけた。
「すげー南條。お前いつ勉強してたんだ?」 
「何よ!あなた達が勝手に思い込んでいただけじゃないの。ねえ、南條さん」 
 明らかにシャムの間違いを期待していた男子に言い返す女子。
「はい、全部正解ね。では次の問題を……」 
 アイシャがそう言ったとき、急に開けていた窓から強風が吹き込んでくる。教室は教科書やドリルを飛ばされる生徒達で混乱に陥った。
「なに!なんなの?」 
 そう叫んで教卓にしがみつくアイシャ。そして風にまぎれるようにして周りの小学生よりさらに幼く見えるへそだしルックの魔法幼女が現れた。
「人間?実につまらぬものだ!」 
 窓の外には満面の笑みを浮かべた保安隊副長、クバルカ・ラン中佐の勇姿が画面を埋める。
『ああ、のってるねえ、ランの姐御』 
 要の言うとおりライバル魔法少女を演じるランの表情は異常に生き生きとしていた。
『ああ、ランは結構単純なところがあるからね』 
 珍しく割り込んできた明華の一言に納得する誠達。
「何!あなたは誰!」 
 持ち前の体力で風を防ぎきったシャムがランの前に立ちふさがる。
「ふっ!キャラット・シャム!貴様のことは聞いているぞ!まず手始めに貴様から血祭りにあげてくれる!」 
 そう叫ぶとランは手を前方に差し出す。そこには青龍刀のような剣が現れた。ランはそれを手にするとその刀の刃を軽く舌で舐めた。
「あなたは……何者!」 
 シャムがそう言うと手に小さなペンほどの杖のようなものを握り締めて叫ぶ。
「へー。いい度胸してるじゃねーか……。でもなあ!死に行く定めの雑魚に名乗る名はねーんだよ!」 
 そう言ってシャムに刀を振り下ろすラン。だが、杖のようなものを握り締めていた右手に展開した魔方陣でその一撃をいなすシャム。ランの振り下ろした剣はそのまま滑り落ち、床を砕いて止まった。
「なるほど少しはできるようだな!ならば名乗ってやろう!」 
 そう言うと再びつむじ風が教室に吹きつける。生徒達は次々と砕けていく窓ガラスから逃げるようにして廊下へと飛び出していった。部屋に残っているのはシャムとアイシャ。そのアイシャも強風にあおられてパニック状態に陥っている。