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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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『ふっ。やはり所詮は出来損ないの試作品か。まあいい時間稼ぎになっただけましというところか……』 
 明華はそのまま目の前のカプセルを見上げた。そこには全裸の女性のようなものが入っていた。
『え?』 
 誠は目を疑った。それは彼がデザインしたまんまの魔獣ローズクイーンの姿だった。ローズクイーン役の春子は眼を開き、これもまた悪そうな笑みを浮かべて明華を見つめる。
『やっぱ怖いよ、うちがらみの女の人!』 
 冷や汗を流しながら誠は画面を見つめる。
『さて、あとはあのはねっかえりの王女様がどれだけの成果を上げるか、楽しみだねえ。貴様もそう思うだろ?』
 再びとてつもなく悪そうな笑みを浮かべる明華。それに答えるようにして春子が舌なめずりをしている。そして再び画面が暗くなった。
『アイシャちゃん、こんな感じで良いの?』 
 うれしそうにアイシャに演技の感想を尋ねる春子。モニターにその姿は映ってはいないが彼女が非常に楽しんでいることだけは誠にもよく分かった。
『お母さん凄い!私達もがんばりましょう!師匠!』 
『当然よ!』 
 小夏とシャムが割り込んでくる。誠はただカウラと楓の制裁が怖くてじっとして周りの人々から忘れられようと気配を消していた。


 突然魔法少女? 20


『じゃあちょっと待ってね』 
 そう言ってアイシャの姿が消える。誠は不安になってバイザーを外してカプセルから身を乗り出す。
 部屋を飛び出していくアイシャの後姿が見えた。そして起き上がった誠に気づいてニヤニヤと笑いながら近づいてくるのはシャムと小夏だった。
「誠ちゃん、かっこよかったよ」 
「あはははは……」 
 シャムの言葉に愛想笑いを浮かべて返す誠。隣の小夏は哀れな生き物を見るような瞳で誠を見つめている。 
「本当に面白いわね。やっぱり吉田君はこの関係の仕事に戻った方が良いんじゃないの?」 
 同じくカプセルから起きてきた春子が画面の修正をしている吉田に声をかけた。
「いやあ、いろいろとしがらみがありましてね、あの世界も。それに保安隊との契約の条項の中にいろいろと制限がありまして……なかなか」 
 そう言って照れ笑いを浮かべると吉田は再び手元のモニターに目を移す。
「おう、ワシの出番か?」 
 アイシャが戻ってきたがその後ろには禿頭を叩いている明石の姿があった。
「でも喫茶店のマスターって似合いすぎますよね、明石さんは」
 先ほどのハンター。その正体は機械帝国の脅威を知って戦う喫茶店のマスター。そんなありきたりな設定だが誠はなぜか納得していた。 
「なんじゃワレは。ワシは味とか分からんぞ。むしろこういうことは嵯峨の親父の領分じゃろが」 
 戻ってきたアイシャの言葉を軽くいなすと彼女が指し示すカプセルに体をねじ込む明石。
「はいはい、シャムと小夏!出番よ!」 
 鋭いアイシャの言葉にシャムと小夏も首をすくめながらカプセルに寝転がる。誠も体を横たえて再びバイザーをかける。
 視界が開けると中には渋い木目調の調度品を並べた喫茶店の風景があった。
『もう少し明るい雰囲気の方がシャムさんには合うんだけどなあ』 
 そんなことを思いながら誠は喫茶店のカウンターに腰をかけていた。自分の格好を見ると数年前の大学時代を感じさせるさわやかなシャツを着ているのがわかる。こういう役はさわやかな青年が似合うと思っているのでとりあえず笑みでも浮かべようとするがどこかぎこちなくなる自分を感じだ。
『ああ、誠ちゃん似合うわね。いつもこういうかっこうすれば良いのに』 
 アイシャがいつもの誠の残念なまでに野暮ったい姿を思い出させるように言った。
『そうよね。いつかは言おうと思っていたんだけど、神前君は何年着てるの?あのジャンパー』 
 そう春子に言われると誠もただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
「しかし……なんでワシが……」 
 カウンターの中にはエプロン姿の明石が立っていた。二メートル近い巨漢が小さいカップを拭いている光景は明らかにシュールだったが、誠は黙っていることに決めた。
『じゃあ、行くわよ!シーン12、スタート!』 
 アイシャの声で明石はにやけた顔をやめて真剣にカップを拭き始める。
「マスター。君が見つけた少女達は信用できるのかな」 
 一口コーヒーを飲んだ後、誠はそう言った。実際にコーヒーの味がするわけではないが、明石ならきっと渋いコーヒーを入れそうだと思って少し口を引きつらせる。
「王子。心配するのも分かるが信じること無しには何もはじめられないですぞ。それにあなたが助けたと言う魔女にしても私達の脅威になるかもしれないですし」 
 そう言って明石は手にしたカップをカウンターに置く。相変わらず標準語を無理してしゃべっている明石の語尾に噴出しそうになりながら誠は我慢を続けていた。
「とりあえず会うことが一番でしょう」 
 これも関西弁のアクセント。しゃべる明石に違和感を感じながら誠はそのまま入り口を見つめる明石に目をやった。
「こんにちわー」 
 ドアを開け、元気そうに挨拶をするシャム。そしてその後ろにおどおどと付いてくる小夏。誠はランドセルを背負ったシャムのあまりにも自然な姿に目を奪われていた。
「お姉ちゃん!早く!」 
「でも本当に良いの?あれ、誠一お兄さん」 
 明らかに明石と誠の姿に戸惑っている小夏。
「やあ!」 
 自分でもこういうさわやか系のキャラはできないと思って笑顔が引きつる。設定では遠い親戚で大学に通うために彼女の家に下宿しているという無駄な設定がある割には同居人に挨拶するとは思えない引きつった自分の頬に冷や汗をかいた。
『こういう役なら島田さんにでも頼んでくれよ』 
 心の中では明らかにすべる光景が想像できて誠の頬がさらに引きつる。
「お兄ちゃんがいるのなら大丈夫だよ」 
「シャム!そう簡単に大丈夫なんて言わない方が良いよ。それに呼んだのはあの頭の……あっ」 
 つい禿と言おうとしたことに気づいて口に手を当てる小夏。明石は余裕のある笑みを浮かべてみせる。いつもは『大将』だの『兄貴』だのと持ち上げている明石を禿呼ばわりしたことが相当気まずいようで小夏はうつむいたまま店内に入ってきた。
「いらっしゃい、お嬢さん達。そして小熊さん」 
「ばれていましたか」 
 そう言うとシャムのランドセルから頭を出すグリン。しばらく頭を出して明石を見つめていたが、グリンはすぐに苦しそうな顔でシャムを見つめた。
「シャム!できればランドセルを開けてもらいたいんだけど……」 
「ごめんね!」 
 そう言うと椅子に赤いランドセルを下ろしてふたを開ける。そのままカウンターに上った手のひらサイズの小熊のグリンが不思議そうに誠を見つめた。
「もしや……あなた様は……」 
「久しぶりだね、グリン」 
 誠がそう言うとグリンは平身低頭した。その様にシャムと小夏が驚いているのがわかる。
「神前寺さん……もしかして知っているんですか?グリンのこと。でも何で?」 
 小夏が神前寺誠一(じんぜんじせいいち)役の誠とグリンを不思議そうに見比べている。
「小夏ちゃん。この人が魔法の森の王子『マジックプリンス』様だよ!」