遼州戦記 保安隊日乗 番外編
そう言って首の周りにいくつもの配線をまわした首輪のようなものをつけた吉田がキーボードを叩く手を止めて誠を見つめる。
「あれ?昼休みじゃないんですか?」
「なに間抜けなこといってるんだよ。こう言う人様にあまり顔向けできない仕事はさっさと片付けるに限るだろ」
そう言いながら吉田がキーボードを叩くと再び目の前のカプセルのふたが開いた。先ほど誠が入ったカプセル。それを指差しながらニヤニヤ笑う吉田。
「またやるんですか?」
誠は恨みがましい目を吉田に向けた。
「どうせあっちで見てたんだろ?この中に入って見てても同じじゃないか」
吉田と目配せをしたシャムが誠にヘルメットをかぶせる。仕方なく誠は顔まで覆うヘルメットを再びかぶるとカプセルの中に寝転がった。
誠の被ったバイザーの中に先ほど要が鞭打たれていた洞窟が見える。
『要ちゃん!準備できた?』
アイシャの声が響く。誠はサブモニターで自分の姿が黒いマントに変な仮面をした魔法使いになっていることに気づいた。
「アイシャさん!いきなりですか?台本ではここは要さんが一人で脱出するんじゃなかったでしたっけ?」
『良いのよ、吉田さんがこっちの方が盛り上がるからって言ってたし』
『なんだよ俺のせいかよ』
いかにも不服そうにつぶやくアイシャ。吉田の声が機嫌のよさを表しているのがわかって誠は冷や汗を流す。モニターの下には変更された台本がある。自然と誠の目はそれを見ていた。そこには手枷で拘束されている要を誠の役『マジックプリンス』が助けると言う筋書きが書いてあった。
『なんだよ名前の変更無しかよ!マジックプリンス。まんまじゃん。もっとひねれよ!』
頭の中でそう思うものの、のらりくらりかわして自分の意見を通すと言う術を嵯峨から一番良く学び取っているアイシャに言うのは無茶だと思って誠は口をつぐむ。
『じゃあ、行くわよ!ハイ!』
さすがに飽きたというような調子でアイシャがシーンの始まりを告げる。
誠は黒の全身タイツに重心が高くて落ちそうなシルクハット、さらに引きずりそうになるほど長い黒いマントと言う奇妙奇天烈な格好で堂々と洞窟を歩いていく。その先には痛めつけられて弱った要が手枷で吊るされていた。
肉のちぎれたひじの関節の内部の機械が露出し、切り裂かれた頬には血と金属で出来ているような骨格が見えている。明らかにやりすぎと言うか本当に子供にこれを見せるのかと突っ込みたくなる衝動を抑えて誠は手にした杖の一振りで要を吊っていた鎖を切った。
「な……なんだ……貴様は?」
力なく頭をもたげながら搾り出すようにして言葉を発する要。いつも見慣れた強気一辺倒の要から想像も付かないような弱弱しい姿に誠は台本通りに自分ではイケテルと思う流し目を要に向けた。明らかに噴出しそうな顔が一瞬浮かぶが、要は何とか我慢して痛めつけられた女性幹部の演技を続けた。
「動くんじゃない。修復魔法をかけてやる」
そう言って傷ついている要の体に手を伸ばす誠。ぼんやりと淡い桃色の光を放つ手に撫でられると、わずかに発光しながら内部の機械が露出していた要の体が修復されていく。
「私を助けるだと?無用な機械。もはや用済みの機械の私を助けたところで……」
そう言って笑う要の頬を平手で打つ誠。
「機械だろうが生物だろうが存在するものに無用なものなどないんだ!君には償わなければならないことがある。それを償ってもらうために私はここに来たんだ!」
そう言うと誠は再び修復魔法を要にかける。その言葉に笑顔を浮かべ素直に誠の手に傷口を晒す要。
『ありえないよ!こんなの!要さんがこんなに素直なわけないじゃないか!』
そう叫びたくなる欲求を抑えながら胸を切り裂いていた鞭の跡に手を伸ばす。
突然要が体を倒してきた。すると修復魔法をかけていた誠の手が要の豊かな右の乳房にかぶさった。
「あっ……」
おもわず要が声を漏らす。誠はそのまま手をのけようとするが、その手は要の右腕につかまれてさらに胸を揉むような格好になった。
『あー!西園寺さんやばいよこれ。アイシャさんが見てるんでしょ?しかも僕の机のモニターつけっぱなしだからカウラさんが……いや!楓さんに殺されるよ僕!』
一瞬で何重もの恐怖が誠の頭を駆け巡る。要はうれしそうな顔をしながらその手を放し、静かに立ち上がった。
「貴様……私をまだ必要とする者とは貴様のことか?」
誠をにらみつける要。明らかに悪役の女怪人と言う姿だが、妙に似合っているので誠はつい彼女に見とれてぼーっとしていた。
「気に入った。どうせ捨てられた命だ。力を貸すのも悪くはないか」
「ああ、君にはするべきことがあるんだ。力を貸してくれ」
そう言って誠はあまりにも直球な感じでつけられているマントを翻した。次第に自分の体が消えていくという奇妙な感覚に興奮している自分を押さえ込む。
「貴様!名は!」
「私はマジックプリンス!正義と真実の男!」
『おい!どこの多良尾判内ですか!僕は!』
呆れながら今度はカメラ目線になって要を見つめる。じっと手を握り誠が消えたあたりを眺める要。
「マジックプリンス……ああ、覚えておこう。その名を」
そう言うと要も小走りで素早く洞窟を脱出した。その様を見ながら誠は突っ込みたかった。
『おい!戦闘員は?下っ端は?監視はどうした!』
目の前が暗くなり一幕が終わったことを告げる。
「あのー、アイシャさん?」
恐る恐る誠はしゃべり始める。一応、アイシャは上官である。しかも自分が面白いと感じたら絶対に譲らない彼女である。
『はい、なんでしょう?』
サブモニターに映る満面の笑みのアイシャ。
「僕の格好ってこんなに間抜けでしたっけ?」
その言葉にアイシャの笑みが大きく見える感覚に誠は囚われた。
『ああ、それねデザインしたのはシャムだから』
あっさり答えるアイシャ。後ろでガッツポーズをするシャム。周りでは運行部の女性隊員が拍手をしていた。
『良いんだよ、どうせやるのはお前さんなんだから。まあ一部ぶーたれてる奴もいることだしさ』
「吉田さんまで……」
誠はこのまま部屋に帰りたくなったが、帰ればカウラと楓による血の制裁が待っていると気づいて踏みとどまった。
『じゃあ次は女将さん……いえ、春子さんの場面ね』
アイシャの声に誠は興味を引かれた。
春子の役、魔獣ローズクイーンのデザインは誠がしたものだった。はっきり言って悪ふざけに過ぎたと自分でも思える。頭に薔薇の花のような冠を被り、両手から蔓のような鞭が生え、全身が緑色の素肌のような格好にところどころに棘が映えた姿。正直、エロゲ系RPGの敵モンスターみたいだなあと思いながら書いた落書きをどうアイシャが使うのか予想が付かなかった。
そして画面が開く。中央で腕組みをして人が入るほどの大きさの透明なカプセルを見上げる明華。顔のアップでの怪しげな笑みに誠は背筋が寒くなるのを感じた。
『うちの女性陣は何でこういう悪役やらせると映えるのかな』
これは絶対に口にはできないと思いながら誠は目の前の光景を眺めていた。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 番外編 作家名:橋本 直