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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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「それにしても混みますねえ。なんか東都浅草寺より人手が多そうですよ」 
 アイシャの手が緩んだところで自分を落ち着かせるためにネクタイを直そうとしてやめた。恐怖すら感じる数の人の波を逆流するためにはそんなことは後回しだった。そのまま三人は押し負けてそのまま道の端に追いやられて八幡宮の階段を下りていく。人ごみを抜けたと言う安堵感でアイシャとカウラは安堵したような笑みを誠に投げかける。
 そのまま群集から見放されたような階段が途切れ、コンクリート製の大きな鳥居が見える広場に出た。
「隊長の流鏑馬は去年も好評だったからな……去年よりかなり客は増えたようだな」 
 そう言ってようやく人ごみを抜け出して安心したというように笑うカウラ。
「しかし、今度の『あれ』。良かったんですか」 
 上着の襟が裏返しになっていたのに気づいた誠がそれを直しながらそう言った。誠の『あれ』と言う言葉に自然とカウラの笑いが引きつったものになり、そのままアイシャに視線が向いていた。
 カウラの視線で『あれ』が何かを悟ったアイシャの顔が明らかに不機嫌そうになったので、誠は自分の言葉が足りなかったことを悟った。
「いえ!自主制作映画と言う発想は良いんですよ……でも……あの主役がナンバルゲニア中尉なのが……」 
 アイシャの顔がさらに威圧的な表情へと変わる、それを見て言葉をどう引っ張り出そうかと誠の頭は高速で回転し始めた。
「あー!こんなところにいた!」 
 すでに制服に着替え終わっていたシャムと綿菓子を手にそれに従う小夏と同級生達。
「シャムちゃん。誠君が話があるそうよ」 
 そう言って軽くシャムの頭を叩いて立ち去ろうとするアイシャ。当然のように右手でカウラを引っ張って行く。
「お話……何?誠ちゃん?」 
 小柄なシャムが誠を見上げてくる。小夏達も不思議そうに誠を見上げている。
「別にそんな……なんでもないです!」 
 そう言うと誠はアイシャの後に続いた。
「待ってくださいよ!アイシャさん!カウラさん!」 
 走り出す誠。振り向けばシャム達も走ってついてくる。一本の社へ向かう道の両脇には店が並び、広場には屋台が出ている。不思議そうにそれを見回すカウラ。
「別に珍しくないでしょ。私達ももう慣れてきても良い頃よ」 
 そう言うアイシャに追いついた誠は少し心が動いた。アイシャ、カウラ。二人とも普通にこの世に生を受けた存在では無かった。
 全地球圏とかかわりを持つ国家が争った第二次遼州大戦。その中で国力に劣る遼州星系外惑星の国家ゲルパルト帝国が発動した人工兵士製造計画。それが彼女達を生み出した。戦うため、人を殺す兵器として開発された彼女達だが、結局大戦には間に合わず戦勝国の戦利品として捕獲されることになった。
 この誠が生まれ育った国、東和はその戦争では中立を守ったがそれゆえに大戦で疲弊しなかった国力を見込まれて彼等の引き受けを提案されてもそれを拒むことができなかった。そしてそれ以上に疲弊した国家の内乱状態を押さえつけることで発言権を拡大しようとする東和政府は即戦力の兵士を必要としていた。
 そんな経歴の二人のことを考えていた誠だが、すっかり東和色に染められたアイシャはいつの間にかニヤニヤ笑いながらお面屋の前に立っている。
「ねえ、誠君。これなんて似合うかしら」 
 そう言って戦隊モノの仮面をかぶるアイシャ。妙齢の女性がお面を手にしてはしゃいでいるのが珍しいのか、お面を売っているおじさんも少しばかり苦笑いを浮かべている。
「あのなあ、アイシャ。一応お前も佐官なんだから……」 
 説教を始めようとするカウラの唇に触れて指を振るアイシャ。
「違うわよ……市民とのふれあい、協力、そして奉仕。これが新しい遼州同盟保安隊の取るべき……」 
 そこまで言ったところで飛んできた水風船を顔面に浴びるアイシャ。その投げた先には両手に水風船を買い込んだシャムが大笑いしている姿があった。


 突然魔法少女? 2


 流麗な顎のラインから水を滴らせるアイシャ。山越えの乾いて冷たい冬の風が彼女を襲う。そしてその冷たい微笑は怒りの色に次第に変わっていった。
「シャムちゃん……これはなんのつもり?」 
 一語一語確かめるようにして話すアイシャ。基本的に怒ることの少ない彼女だが、闘争本能を強化された人工人間である彼女の怒りが爆発した時のことを知っている誠とカウラ。二人はいつでもこの場を離れる準備を整えた。
「水風船アタック!」 
 二月前、熟れた柿をアイシャに思い切り投げつけた時と同じような無邪気な表情で笑うシャム。さすがに青ざめていくアイシャの表情を察してシャムの袖をひく小夏。
「お仕置きなんだけど……要ちゃん風に縛って八幡宮のご神木に逆さに吊るすのと楓ちゃんが要にして欲しがっているみたいに鞭か何かでしばくのとどっちがいい?」 
 指を鳴らしながらシャムに歩み寄るアイシャ。ここまできてシャムもアイシャの怒りが本物だとわかってゆっくりと後ずさる。
「ああ、アイシャ。そいつの相手は頼むわ。行くぞ誠」 
 いつの間にか追いついてきていた要が誠の肩を叩く。カウラも納得したような表情でシャムとアイシャをおいて立ち去ろうとした。
「えい!」 
 シャムの叫び声と同時に要の背中で水風船が炸裂する。すぐに鬼の形相の要が振り返る。
「おい、こりゃあ!なんのつもりだ!」 
 突然の攻撃と背中にしみるような冷たい水。瞬間湯沸かし器の異名を持つ要。だが今回は隣に同志のアイシャがいることもあって彼女にしては珍しくじりじりとシャムとの距離をつめながら残忍な笑みを浮かべる。
「ちょっとこれは指導が必要ね」 
「おお、珍しく意見があうじゃねえか」 
 振り向いて逃げようとするシャムの首を押さえつけた要。アイシャはすばやくシャムが手にしている水風船を叩き落す。
「あっ!」 
「ったく糞餓鬼が!」 
 顔面をつかんで締め上げる要。アイシャはシャムの両脇を押さえ込んでくすぐる。
「死んじゃう!アタシ死んじゃう!」 
 笑いながら叫ぶシャム。その後ろの小夏達はじっとその様を見つめていた。
「おい、オメー等。いい加減遊んでないで吉田達の手伝いに行けよ」 
 小夏の友達に隠れていた小さい上司のランが声をかける。だが、要とアイシャはシャムへの制裁をとめるつもりは無い様だった。
「仕方ねーなあ。カウラ、神前。行くぞ」 
 そう言うとカウラと誠の前に立って参道を下っていくラン。
「おい!勝手に仕切るんじゃねえよ!」 
 シャムをしっかりとヘッドロックで締め上げながら要が叫ぶ。
「かまうからつけあがるんだ。無視しろ、無視」 
 そう言いながら立ち去ろうとするラン。要とアイシャは顔を見合わせるとシャムを放り出してラン達に向かって走り出した。
「遅いですよ!クバルカ中佐!」 
 叫んでいるのは保安隊運行部の火器管制官のパーラ・ラビロフ中尉だった。いつもの愛車のがっちりとした四輪駆動車の窓からセミロングのピンクの髪を北から吹き降ろす冷たい風にさらしている。その遺伝子操作で作られた髪の色が彼女もまた普通の人間でないことを示している。
「また冬に水浴びて楽しいんですか?」