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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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 画面に張り付いていた楓も父親の行動に気づいて振り返る。
「すいません。根が下品なもので」 
 謝る嵯峨。彼を見て微笑む春子。画面の中では要の鞭に次々とシールドのようなものを展開して攻撃を防ぎ続けるシャムの姿があった。
『シャム!守ってばかりじゃ勝てないわよ!』 
『お姉ちゃん!そんなこと言っても!』 
 いつの間にか変身した姿で手に鎌を持って宙に浮く小夏。質問したいことがいくらでもあると言うような顔で誠を見つめているカウラにどう説明したら良いかを考えながら画面に目を移した。
 そこには火炎の玉を目の前に展開するシャムの姿が写っていた。
『森、木々、命のすべて!私に力を貸して!』 
 そう叫ぶとシャムが杖を振り下ろす。何度か変則的に曲がって飛ぶ火の玉。そしてその周囲の空間がそれ自体が燃えているように画面を赤く染める。
『なんだと!これは……うわー!』 
 そう叫んでイッサー大尉こと要はその火炎を受け止めるべく鞭を握って結界を張るが、勢いに負けて吹き飛ばされて崖へ追い詰められる。
『こんな……こんな筈では……私ともあろうものが……』 
 あちこちコスチュームがちぎれて非常にきわどい姿を晒す。それにあわせて画面にさらに近づく楓と渡辺。誠は二人に呆れながらおはぎを口に運ぶ。
『私が……負ける……?』 
 アップにされた要の姿を良く見ると腕やふくらはぎから機械の様な色を放つ内部構造が見える。
『そこまでだ!機械帝国の手先め!』 
 突然要のわき腹のむき出しの機械の部分に猟銃を突きつける明石。あまりに唐突な登場に誠は目を覆った。
「これもアイシャの狙いか?」 
 再び口におはぎを持っていきながら嵯峨が誠に尋ねてくる。誠はさすがにこの展開はないだろうと思ってただ苦笑いを浮かべるだけだった。そんな状況を知らないだろう要ことイッサー大尉は静かに手にしていた鞭を投げ捨てた。
『おじさん!その人から離れて!』 
 そこにシャムが現れる。彼女が要に止めを刺そうとしていると思って手を握り締めて画面を見つめる楓と渡辺。
『駄目だ!こいつはこの世界を崩壊に導く機械だ!壊してしまわなければ』 
 そう言って猟銃の引き金に指をかける明石。だが、シャムから放たれた小さな火の玉に銃を取り落とす。
『イッサー大尉。本当にそれで良いの?世界を機械で埋め尽くして……それが願いなの?』 
 歩み寄るシャムに再び鞭を取ろうと立ち上がろうとするが、腕や足から機械音がするばかりで体を動かせずにいる要。
『シャム!近づいたら!』 
 小夏の制止を無視して歩いていくシャム。要の腕や足から煙が上がる。
『大丈夫、あなたを壊したりしないわ』 
 そう言うとシャムの両手に暖かいクリーム色の球体が浮かぶ。それはゆらゆらとゆれて要の壊れた体を修復していく。
「便利だねえ。俺も魔法を使えないかな?」 
 そう言いながら明らかに無理をしておはぎを口にねじりこむ嵯峨。しらけた顔で楓が父の顔を覗いているのがつぼに入って必死になって笑いをこらえる誠。
『情けを……貴様……敵に情けをかけたつもりか?』 
 悔しそうに唇を噛む要。なぜか出てきた猟師っぽい明石が再び銃を手にしてイッサー大尉に向ける。
『この借りはいつか返すぞ!』 
 そう言って消える要。そのまま森に残されたシャムと明石は顔を見合わせていた。
「すごい組み合わせだな」 
 おはぎを手に取るとカウラは呆れたようにそう言った。画面は銃を取り上げて再び要のいた場所に照準を合わせる明石の姿がある。
『あなたは……なぜ機械帝国のことを?あなたは……魔力も無いのになぜ?』 
 シャムの肩に飛び乗ったグリンを明石が見つめる。
「それよりこの奇妙な動物に突っ込むな、俺なら」 
 そう言いながら明らかに無理をしておはぎを口に運ぶ嵯峨。
「惟基さん、お嫌いでしたか、甘いものは」 
「いやあ、そんなこと無いですよー。僕は大好物ですから……おはぎ……」 
 明らかに春子に気を使っている様子にカウラと誠は苦笑いを浮かべると再び画面を覗く。答えることもせずシャムに近づく明石。明らかに変質者とコスプレ少女と言うシュールな絵柄に突っ込みたいのを我慢しながら誠は画面を見つめていた。
『知っている人は知っているものさ、どこにでも好奇心のある人間はいるものだからね』 
 明らかに関西弁のアクセントで無理やり標準語をしゃべる明石。誠はとりあえず突っ込まずにそのまま黙っていた。
「やはり明石中佐は訛りが強すぎるな」 
「そうですね、播州コロニー群の出身だそうですから。あそこの出身者の訛りはなかなか抜けませんよ」
 楓と渡辺は要が姿を消して関心を失ったと言うようにそのまま自分達の席へと戻っていく。
『でも、あなたは魔法を見ても驚かなかったじゃないですか。この世界の人がそんなに簡単に魔法を受け入れるとは思えないんですが』 
 グリンの言葉ににやりと笑って禿頭を叩く明石。
『確かにそうだ。俺はある人物から話を聞いてね』 
「そのある人物がお前か……でもどう見ても……プリンスには見えないな」 
『マジックプリンス』と言うなんのひねりも無い役名の誠の顔を見つめるカウラ。その吐息がかかるほどまで接近している彼女にまじまじと見つめられて、誠は鼓動が早くなるのを感じたが、カウラはまるで関心が無いというように再び画面に目を移す。
『いずれ君達と一緒に戦う日が来るだろう。それまではお互い深いことは知らない方がいい』 
 そう言うと猟銃を握り締めて立ち去る明石。
「あいつ、本当に訛ってるな」 
 そう言いながら嵯峨がお茶を啜っている。その時、再び詰め所のドアが開いた。そこに立っていたのはパーラだった。
「ああ、春子さんここでしたか。アイシャが呼んでますよ」 
「ごめんなさい。じゃあ行ってきますわね」 
 そう言って立ち上がる春子。その後姿を目で追っている嵯峨。
「隊長……」 
 突然誠に声をかけられて頭を掻きながら嵯峨は口の中のあんこを飲み込もうと再び出がらしになった茶の入った急須に手を伸ばす。
「父上、口をゆすぐのはやめてくださいよ」 
 自分の席の端末を開いて仕事を再開した楓の警告が飛ぶ。苦笑いを浮かべながら嵯峨はそのまま口に入れたお茶を飲み下した。
「あのー……」 
 春子達と入れ替わりにドアから顔を出したのは西とレベッカだった。誠達はその顔を見てそれぞれ時計に目をやった。
「ああ、もう昼か」 
 十二時を少し回った腕時計の針を確かめながらげっぷをする嵯峨。乾いた笑いを浮かべながら誠はおはぎに手を伸ばす。
「ああ、シンプソン中尉!見ての通りなんで昼の買出しはいいですよ」 
 カウラが苦笑いを浮かべながら答える。西とレベッカはロナルドのデスクに置かれた重箱を目にしてそのまま入ってきた。昼の買出しは誠が隊に配属になったころから各部の持ち回りで行われるようになっていた。以前は隣の菱川重工の食堂を利用できたそうなのだが、要が暴れ、シャムがわめき、嵯峨がぐだぐだと味に文句をつけたため出入り禁止を食らっていた。仕方なく昼食は菱川重工の生協で弁当を買うというのが普通のことになっていた。
「僕好きなんですよ、おはぎって」