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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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「ごめんなさいね!」 
 要が立ち上がろうとするとお盆を持った春子が現れた。続いてきたアンの手にはポットが握られている。
「すみませんねえ。何から何まで……」 
 嵯峨の言葉ににこやかな笑顔を返すと春子は湯のみを並べていく。
「じゃあ行ってきまーす」 
 やる気の無い声を上げてそのまま部屋を出て行く要。
「ああ、要さんは出番?」 
「まあそんなもんです」 
 湯飲みにお湯を注ぎながらカウラにたずねる春子。その隣ではお茶が入るのを待とうと手におはぎを握りながら待っている楓と渡辺の姿があった。
「それにしても便利ですね、東和は。こんなものを簡単に作れるなんて」 
 感心しながら画面を指差す楓。休憩を取っているようでおはぎを食べているアイシャとシャムの姿が映されている。
「ああ、あの簡易型のヴァーチャル視覚システムのこと?普通は手が出るレンタル料じゃ無いが吉田のコネでね。あいつは映画関係とかに知り合いが居るらしいから」 
 春子が置いた自分の湯飲みを手に取ると静かに茶を啜りながら嵯峨が答える。
「そうなんですか……。それにしてもこのお茶、良い香りですね。どこのですか?」 
 自分の濃い緑色の湯飲みを手に取った楓が誠にたずねた。
「確かこれは……」 
「東海よ。惟基さんはあそこのお茶が好きだから」 
 誠をさえぎるようにして春子が答えた。楓は何回か頷くと茶を啜り始める。
「東海って遼南産ですか。隊長のコネかなんかでナンバルゲニア中尉がたくさん貰ってきた奴でしたっけ?隊員で分けても多すぎてあまさき屋にまでもっていったんですよね……」 
 そんな誠のあいまいな質問に呆れたような顔をする嵯峨。
「シャムちゃんのはすぐ使っちゃって……今いれてるのは私が持ってきたんだけど……」 
 春子の言葉が誠に追い討ちをかける。誠は少しへこみながら美少女キャラが書かれたマグカップに入ったお茶を啜りつつ、画面が切り替わった自分の端末に目を移した。
 ランの右の握りこぶしが掲げられた場面が転換して夜のような光景になった。懐中電灯を照らしながら山道を歩くシャムと小夏が見える。
『魔法を使っちゃ駄目なの?』 
 肩に乗った手のひらサイズの小熊のグリンにたずねるシャム。
『だーめ!勝負を決めるのは魔法の力だけじゃないんだ。瞬間的な判断力や機転、他にも動物的勘や忍耐力。まだまだ魔法以外に学ばなければならないことが一杯あるんだよ』 
『うーん。アタシは難しいことは分からないけど……』 
 そう言って苦笑いを浮かべるシャム。『難しいことは分からない』と言うシャムの言葉に画面の前に居る誠達が一斉に頷いた。
『つまり私達自身が強くならなきゃ駄目ってことね』 
『そう言うこと。それにこの森の波動は僕が居た魔法の森の波動と似ているんだ。きっと修行には最適の場所だよ!』 
 そう言いながら二人は山道を進む。そして画面が切り替わり、夜中だと言うのにサングラスをかけた大男が映し出される。
「あ、明石中佐ですね。来てるんですか?」 
 蛍光オレンジのベストに手に猟銃を持った明石清海中佐の姿がアップで映る。
「ああ、何でも管理部の提出資料の確認に来たらしいんだがアイシャに捕まってな」 
 カウラの言葉に納得しながら誠は画面の中の明石を見ていた。
『この気配……』 
 そう明石が言うとすぐに画面は広場に出たシャムと小夏のアップにさし代わる。
『じゃあいいかい。まず目を閉じてごらん』 
 グリンの言葉でシャムと小夏は目を閉じる。シャムの視界のイメージ。真っ暗な世界。
『君達には見えるはずだよ、この森の姿が。そして生き物達の波動が!』 
 その言葉が終わるとシャムの視界を表現していた真っ暗な画面が白く光り始める。光の渦は木の形、草の形、鳥の形、獣達の形。さまざまに変化を遂げながら中心で微笑む全裸のシャムの心のイメージを取り巻くように流れていく。
『そう!そうすれば分かるはずだよ。そしてそうすれば生き物達の力が君達に注がれるんだ』 
 グリンの言葉とともにシャムの姿はさまざまな森の生き物達に取り巻かれるようにして森の上空へと飛び立っていく。急に暗雲が空に立ち込める。
『見つけたぞ!熊っころとおまけ共!』 
 突然響いたのは要の声だった。現実に引き戻されたシャムと小夏はもみの木の巨木の上に立つ女性の影に目を向けた。それはランではなく胸の膨らみを強調するような衣装を纏った魔女の姿だった。
「ああっお姉さま!」 
 楓が叫んで画面に身を乗り出す。月の光に照らされながらもみの木の枝に立って唇を舐め上げるタレ目の女幹部の表情が拡大されていた。
「やっぱり鞭ですか、武器は」 
 渡辺も興奮気味に画面に吸いつけられる。カウラと誠は二人の上昇していくテンションについていけないというように顔を見合わせた。
「おい、あいつ嫌だとか言ってた割にはのりが良いな」 
 そう言って茶を啜る嵯峨。春子は空になった嵯峨の湯飲みに緑茶を注ぎながら様子を伺っていた。
「要さんはお祭り好きですからねえ」 
 そう言って微笑む春子。だが、誠は狂気をたたえたタレ目でシャム達を見下ろしている要。いつも射撃レンジで銃を取ったときの近づきがたい要の姿を髣髴とさせて背筋に寒いものが走る。
『貴様達などメイリーン様の手を煩わせるまでも無い!行くぞ』 
 そう言って鞭を掲げて飛び降りる要。シャムと小夏がその鞭に弾き飛ばされる。
『シャム!』 
 何とか鞭をかわしたグリンがバリアのようなものを展開する。その中で足に怪我を負いながら立ち上がろうとするシャム。
『結界……愚かだな!その程度の魔力でこのイッサー大尉の鞭を防ぎきれると思ったのか!』 
 そう言って鞭を振り下ろすイッサー大尉こと要。
「こいつ実は好きなんだな。こういうの」 
 おはぎを口に運ぶカウラ。誠は画面の前でうっとりと要に見とれている楓と渡辺に苦笑いを浮かべながら茶を啜る。
「本当に良くお似合いで……ああ……」 
 楓の脳内がどうなっているのか、それを想像して寒い気持ちになりながら誠は再び画面に目をやる。
『シャム、小夏!願って!』 
 絶え間なく振り下ろされるイッサー大尉の鞭を受けながらグリンは必死になって叫ぶ。
『何を願うのよ!シャム。逃げましょうよ!』 
 小夏がそう言ってよろよろと立って、鞭を振るうイッサー大尉をにらみつけているシャムの手をとる。
『逃げないよ、私は!』 
 そう言うと手を天にかざす。彼女の手が輝き魔法の杖が現れる。高らかなファンファーレと共にシャムの体が光りだす。
『森の精霊、生き物の息吹。私に……力を!』 
 その叫び声と共にシャムの全身が光り始める。そのまま来ていたTシャツが消え去り、素肌を晒したシャムが画面の中でくるくると回る。
「あのさあ、神前。なんでこういう時ってくるくる回るの?」 
 嵯峨が誠の耳元で囁く。驚いて飛びのいた誠は珍しく純粋に疑問を持っている顔をしている嵯峨を見つめる。
「そのー、まあお約束と言うか、視聴者サービスと言うか……」 
「なるほどねえ」 
 そう言って嵯峨は口の中の餡の甘みを消そうと茶を啜ってそのままぐちゅぐちゅと口をすすぐ。
「父上、そう言う下品なことは止めてください!」